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【体験談】伝統工芸品は学校教育の教材に適している:やまなし伝統工芸館の取り組み
帝京大学やまなし伝統工芸館は利用者のほとんどが小学生(特に4年生)で、年間2,000人程度の校外学習を受け入れています。
その受入経験をもとに、教材としての伝統工芸品の価値を考えました。
※今回は、経済産業大臣指定の伝統的工芸品と地方自治体が認定する伝統工芸品などを区別せず、まとめて伝統工芸品として扱います。
学校へのアンケートでみえてきたこと
世の中にはいろいろな博物館がありますが、当館ほど利用者が偏っている博物館は珍しいのではないでしょうか。
土日祝に開館していないので学校の校外学習が利用者の占有率として高くなるのも頷けますが、学年としても4年生にほぼ限定されいます。
そのおかげで、小学校4年生の校外学習をいかに良いものにするかを考えればよいので、それはそれで質のいい解説を探求していくことができます。
学校は何を目的に博物館に行くか
学校が団体として児童生徒を博物館に連れていく目的はおおまかに次の3つに分けられます(児童生徒個人による職場体験などを除く)。
遠足や社会科見学などの特別活動:集団生活のあり方や公衆道徳などを理解し、必要な行動の仕方を身に着ける
教科の授業:学校教育の教科の単元にそった授業の一環
総合的な学習の時間:情報の調査収集能力の育成、および、探求課題のための具体的な情報の収集
私はほとんどが遠足だろうと思っていましたが、学校へのアンケートを行ったところ、当館では上記3つとも利用の目的として選ばれていることがわかりました。
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どんな教科の授業の一環として来館するか
教科の授業の一環として利用する場合、学習指導要領に博物館や伝統的工芸品に関する内容が記載されているかどうかがポイントになります。
教科の授業について、どんな教科での利用があるか調べてみました。
社会:伝統や文化、先人の働き
理科:自然環境(の恵み)と人間
図画工作:美術作品の鑑賞
国語:伝統工芸の魅力を伝えよう
小学校社会の学習指導要領では4年生で地域(都道府県)、5年生で日本、6年生で世界と学習する地域の範囲を広げていく構成になっています。
4年生では地域のことについて学習するため、地域の産業の例として伝統工芸品が取り上げられる機会が多いです。
また、最近まで知らなかったのですが、4年生国語のなかに「伝統工芸のよさを伝えよう」(光村図書 4年下)という単元があるそうです。
伝統工芸について調べたことをもとにリーフレットなどを作ることで、調べる力・情報を取捨選択する力・まとめる力などを育てる単元です。
校外学習におけるやまなし伝統工芸館の利用が小学4年生に集中しているのはこういった理由によるものだと考えられます。
伝統工芸品はなぜ教材として優れているか
前述の通り伝統工芸品は幅広い教科と関連付けられる題材であり、加えて教科横断型の総合的な学習の時間にも適した題材だと考えられます。
それでは、どのように各教科を結ぶことができるのでしょうか。
伝統工芸品の認定(指定)条件
はじめに伝統工芸品の認定条件について改めて確認します。
国の伝統的工芸品として経済産業大臣の指定を受けるためには、次の5つの条件をすべて満たす必要があります。
1: 主として日常生活の用に供されるもの
2: その製造過程の主要部分が手工業的
3: 伝統的な技術又は技法により製造されるもの
4: 伝統的に使用されてきた原材料が主たる原材料として用いられ、製造されるもの
5: 一定の地域において少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事しているもの
自治体が認定する伝統工芸品の認定条件は自治体によって異なりますが、山梨県の場合は経済産業大臣指定伝統的工芸品の指定条件から5を除いたものが認定の条件となっています。
5を除くことで、家内手工業的な工芸品も認定することができます。
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このなかで「伝統的な技術又は技法により製造される」部分は図画工作の学習に、「伝統的な材料を利用する」部分は理科や社会の学習に利用できると考えられます。
伝統的な材料と地域性
教材として特に注目している点は伝統的な材料を利用するという条件です。
素直な考え方として、ある材料が特定の地域でしか入手できないため、その材料を使った産業が特定の地域で発生したという考え方ができます。
山梨で例をあげるならば、甲州水晶貴石細工があげられます。
山梨では水晶が採れるけれども東京や埼玉では水晶が採れないから山梨で水晶を加工する産業が成立したという考え方です。
産業の成立を考えるのであれば「材料が入手できたから」という調べ学習が成立するわけですが、さらに発展させて、なぜこの地域ではこの材料が入手できたのかを考えます。
甲州水晶貴石細工であれば、なぜ山梨で水晶が手に入ったのかを調べるわけですが、ここでその答えが自然環境にあることが分かります。
水晶であれば、新第三紀の火山活動によって地中に水晶が生成され、その後上部の地層が削剥されて現在の地表に露出したということになります。
これが理科という教科に繋がるわけです。
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山梨の例をさらに掘り下げると、伝統工芸の成り立ちが「材料が入手ができたから」では説明できない例がでてきます。
例えば、河口湖地域の甲州大石紬織物です。
甲州大石紬織物は絹織物ですが、桑を植えて養蚕をすることができれば材料となる絹は比較的多様な地域でも入手することができます。
それではなぜ河口湖地域で養蚕が盛んになったのでしょうか?
その理由のひとつが、多くの土地が富士山の溶岩流で覆われていて、水田を作るのが難しかったからです。
水田を作れなければ農家は畑を作るしかありませんが、平らな土地も少なく、山畑で育てることができる漆や桑を栽培したのです。
つまり「何かが手に入ったから」その何かに関する産業が始まったのではなく、何かが手に入らないから代わりの産業が始まったことになります。
河口湖の場合は水田が作れないから山畑でも可能な養蚕・絹織物産業が始まったと言えます。
そして水田が作れない要因は富士山の溶岩という自然環境に求めることができ、伝統工芸品の起源を自然環境と結びつけることができます。
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私は中高理科の教員免許を持っているので理科の方向に寄せていきがちですが、伝統工芸品をテーマにすることで、確かに自然環境について学習することができるわけです。
やまなし伝統工芸館と学校教育の連携をさらに強めていくために
博物館が利用者である学校の要望を把握し、その要望に応えることは博物館の役割のひとつと言えます。
しかし博物館には博物館の設立目的がありますので、博物館として伝えたいことは伝えなければいけません。
校外学習の場合は滞在時間も限られていますので、学校の要望と博物館の伝えたいことのバランスを取ることが重要になります。
このバランスを調整し、伝統工芸品の教材としての価値を高めていくには、博物館と学校のコミュニケーションが必要になります。
特に学校からは博物館がどんな要望に対応できるのかはわかりにくいと思いますので、こういうことを頼んでいいのかな?という疑問があるままでは、博物館を教科の授業の場として利用しにくくなってしまいます。
こういった疑問の解決には国立科学博物館が主体となって進める教員のための博物館の日のような取り組みを行うことなどが考えられます。
このnoteのように「博物館でこういうことができますよ」「学芸員はこんなことを考えていますよ」といったことを発信しておくことも、博物館と学校のコミュニケーションを円滑に進める方法のひとつではないでしょうか。
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