きょうの素問 骨空論篇 2023/1/5
素問の中にあって、割とはっきりと鍼灸での治療と、その際に使用する経穴について述べている篇です。背部の兪穴や督脈上の経穴などが多く登場し、仙骨孔や棘突起の間などの骨に囲まれた経穴を扱っているところから「骨空」の語が篇名に用いられたと言われています。
それでは1つづつ見ていきましょう。
黃帝問曰 余聞風者百病之始也 以鍼治之 柰何
(黃帝問いて曰く、余聞く、風なる者は百病の始めなり、と。鍼を以てこれを治することいかん。)
歧伯對曰 風從外入 令人振寒 汗出頭痛 身重惡寒
治在風府 調其陰陽 不足則補 有餘則寫
(歧伯對えて曰く、風、外從り入らば、人をして振寒せしめ、汗出で、頭痛み、身重くして、惡寒せしむ。治は風府に在り、其の陰陽を調う。足らざれば則ち補い、餘りあれば則ち寫す。)
風邪による病態の話がここ最近続いておりますが、今回もまずは「風者百病之始」から始まります。
風邪の侵入によって体が震え、汗が出て、頭が痛み、体が重だるくなって、悪寒がする。そんな状態には風府穴を用いる、としています。
風府は、後頸部、後正中線上、外後頭隆起の直下、左右の僧帽筋の間の陥凹部に取りますが、後頭骨と第1頸椎の隙間があり、鍼を深刺しすると延髄に届いてしまうリスクがあります。
風府への刺鍼については以下の研究があります。
「頭頚部の危険経穴における刺針安全深度の研究」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsam1981/47/3/47_3_191/_pdf/-char/ja
ご遺体を用いた研究ですが、この研究によりますと、風府への危険深度は、以下のようになります。
男性 53.11±7.95
女性 50.10±7.93
女性でやせ型の場合、1寸6分(鍼体50mm)で一横指残しでも危険な可能性があります。
刺鍼の際には解剖学的な構造をしっかり理解し、安全な深度での刺入を行うことが大切だと改めて思います。
さて、風府穴は素問や傷寒論でも出てきます。
素問 瘧論
邪氣客於風府 循膂而下 衛氣一日一夜大會於風府
体表で外邪の侵入を防ぐ「衛氣」が集まる部位であるということころからも、風府の重要性が伺われます。
素問 風論
風氣循風府而上 則為腦風
傷寒論 辨太陽病脈證并治法上
太陽病 初服桂枝湯 反煩不解者 先刺風池 風府
卻與桂枝湯則愈
桂枝湯を服用して症状が解消しない場合、風池・風府に鍼をしてから再度桂枝湯を服用すると癒える、とされています。
大風頸項痛 刺風府 風府在上椎
大風汗出 灸譩譆 譩譆在背下俠脊傍三寸所
厭之令病者呼譩譆 譩譆應手
(大風、頸項をして痛ましむれば、風府を刺す。風府は上椎に在り。大風にして汗出ずれば、譩譆に灸す。譩譆は背下、脊を俠む傍ら三寸の所に在り。これを厭して病者をして譩譆と呼ばわらしむれば、譩譆、手に応ず。)
「大風」については、素問の「長刺節論」で以下のように述べられています。
病大風 骨節重 鬚眉墮 名曰大風
刺肌肉為故 汗出百日 刺骨髓 汗出百日 凡二百日
鬚眉生而止鍼
また、金匱要略では、「侯氏黑散」という処方が大風を治すとしています。
金匱要略 中風歷節病脈證并治
侯氏黑散 治大風 四肢煩重 心中惡寒不足者
菊花四十分 白朮十分 細辛三分 茯苓三分
牡蠣三分 桔梗八分 防風十分 人參三分
礬石三分 黄芩五分 當歸三分 乾薑三分
芎藭三分 桂枝三分
大風でかつ汗が出る場合は譩譆穴に灸をするとありますが、現在の譩譆穴は第6胸椎棘突起下縁と同じ高さで、外方3寸に位置します。
興味深いのは、この経穴を押圧すると患者が思わず「譩譆(yī xī)」と声を上げ、その振動が手に伝わるとしているところです。また、別の説では、患者に「譩譆(yī xī)」と言わせ、その振動がよく手に伝わってくるところが譩譆穴である、としています。
そこで思い浮かぶのは、解剖学で出てくる「聴診三角」です。
肩甲骨下角内方に位置し、大菱形筋、僧帽筋、広背筋の三筋に囲まれた筋層の薄い部分で、呼吸音を聴取する際に用います。
上記にあるような取穴の仕方から考えても、古代の譩譆穴は、聴診三角上にあると考えてもよさそうです。
從風憎風 刺眉頭
失枕在肩上横骨間 折使榆臂齊肘正 灸脊中
(風に從りて風を憎むは、眉頭を刺す。失枕は肩の上の横骨の間に在り。折りて榆臂せしめて、肘に齊え、正しく脊中に灸す。)
風を憎む(嫌う)ことが甚だしい場合は、眉頭を刺すとしています。
眉頭は攅竹穴(足太陽膀胱経、眉毛内端陥凹部)と言われています。
失枕については諸説分かれています。
王冰註
缺盆の穴を謂うなり。肩上横骨の陥なる者の中に在り。手の陽明の脈気の發する所なり。刺は同身寸の二分を入るべし。留まること七呼。若し灸する者は三壮を灸すべし。刺して深く入るるときは、人をして逆息せしむ。
王冰は「缺盆」としていますが、大鎖骨上窩にあるので、気胸のリスクが高く、王冰自身も「刺して深く入るるときは、人をして逆息せしむ。」と注意喚起しています。
馬蒔註
此れ失枕とは当に刺すべきの穴あるを言うなり。肩上横骨の間とは即ち肩の尖端、上行する両叉骨の罅間の陥中なり。巨骨の穴と名づく。手の陽明陽蹻の会なり。鍼は一寸半、灸は三壮乃至七壮。肩臂屈伸せざるを治す。
馬蒔は「巨骨」をあげています。
巨骨(手陽明大腸経)は、鎖骨肩峰端と肩甲棘の間陥凹部に位置します。
また、張景岳は「肩井」を挙げています。
枕に横になれない程の頸の痛みを取るのは実際どの経穴なのか、さらなる検討を待ちたいところです。
䏚絡季脇引少腹而痛脹 刺譩譆
腰痛不可以轉搖 急引陰卵刺八髎與痛上
八髎在腰尻分間
(䏚絡季脇少腹に引きて痛脹するは譩譆に刺す。腰痛して以て轉搖すべからず。急に陰卵を引くは、八髎と痛上とを刺す。八髎は腰尻の分間に在り。)
「䏚絡季脇」は肋骨の尽きる部分から下の脊骨から横腹にかけての柔軟な部分。
王冰註
䏚とは脊挟む両傍空軟の処を謂うなり。少腹とは斉下なり。
馬蒔註:
此れ䏚絡季脇少腹に引きて痛脹するものは当に譩譆を刺すべきを言うなり。䏚絡とは䏚間の絡。季脇とは章門の所なり。
脇腹から下腹にかけて引き攣れるように痛む場合は「譩譆」に刺す、としています。ここも気胸を起こさないような注意が必要です。
また、動かせないほどの腰痛、睾丸の引き攣れには「八髎」を用います。
「八髎」は仙骨孔上にある、左右の上髎・次髎・中髎・下髎の八穴を指します。
鼠瘻寒熱 還刺寒府 寒府在附膝外解營
取膝上外者使之拜 取足心者使之跪
(鼠瘻寒熱、還た寒府を刺す。寒府は附膝の外の解營に在り。膝上の外を取る者は、これをして拜せしめ、足心を取る者は、これをして跪せしむ。)
「鼠瘻」は霊枢の寒熱篇に以下のように述べられています。
黃帝問于歧伯曰 寒熱瘰癧在於頸腋者 皆何氣使生
(寒熱瘰癧、頸腋に在る者は、皆何の氣生ぜしむるやと)
歧伯曰 此皆鼠瘻寒熱之毒氣也 留於脈而不去者也
(此れ皆鼠瘻寒熱の毒氣なり。脈に留して去らざる者なりと。)
黃帝曰 去之奈何
歧伯曰 鼠瘻之本 皆在於藏 其脈上出於頸腋之間
其浮於脈中 而未內著於肌肉 而外為膿血者 易去也
(鼠瘻の本は皆藏に在り。其の脈、上って頸腋の間に出ず。其の脈中に浮して未だ内肌肉に著かずして、外膿血を為さざる者は去り易きなりと)
黃帝曰 去之奈何
歧伯曰 請從其本引其末 可使衰去 而絕其寒熱
審按其道以予之 徐往徐來以去之 其小如麥者 一刺知
三刺而已
(請う其の本より其の末を引き其れをして衰去して其の寒熱を絶たしむべし。審らかに其の道を按じ以て之に予(あと)う。徐に往き徐に來り以て之を去る。其の小なること麦の如きものは一刺して知り、三刺して已む)
瘰癧とも呼ばれますが、結核性の頸部リンパ節炎や、頸部リンパ炎を指すと思われます。
「鼠瘻寒熱」には「寒府」を用いるとありますが、馬蒔は以下のように註して、現在の「膝陽関」穴だとしています。
足の少陽胆経に陽関穴あり。
陽陵泉の上三寸、犢鼻の外の陥中、疑うらくは是れ穴ならん。
蓋し鼠瘻は頸腋の間に在り。
正に足の少陽胆経に属するなり。
其の寒府と曰うものは大凡人の膝上の片骨最も寒し。
故に命じて此の如く名づけたるか。
又曰く陽関は足の三陽此を以て関と為すか。
足の太陽膀胱経の風門穴の如きは又熱府と曰う
膝陽関(足少陽胆径)は大腿二頭筋腱と腸脛靭帯の間の陥凹部、
大腿骨外側上顆の後縁にとります。
それ以外に、「取膝上外者使之拜 取足心者使之跪」ですが、
「拜」の姿勢、両手を前に掲げて背筋を伸ばすことで、膝裏が伸び、その姿勢で「委中」を取る、としています。
「跪」の姿勢、両ひざをついて、足裏が見える姿勢で、「湧泉」を取るとしています。
ただ、頸部リンパ節炎に、委中と湧泉、というのは正直いってピンときません。どちらかというと、ひとつ前の節の「動けないほどの腰痛」に用いそうな気がします。都合の良い時だけ錯簡を疑うのはあまり良いとは言えませんが・・・。
さて、たくさん経穴が出てきましたが、実際の臨床の参考になれば幸いです。
続きはまた来週になります。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。