きょうの霊枢 海論篇 第三十三(1) 2023/4/13
古代中国の人が、大陸を流れる川がやがて集まって大河になり、最後は大海に注ぐ、という自然界のありかたを人体になぞらえて気血の流れを考えたところから、では人体における「海」とは何かを考察した篇です。
2回に分けて見ていきたいと思います。
黃帝問于歧伯曰 余聞刺法於夫子 夫子之所言
不離於營衛血氣 夫十二經脈者 內屬於府藏 外絡於肢節
夫子乃合之於四海乎
(黃帝、歧伯に問いて曰く、余、刺法を夫子に聞く。夫子の言う所、營衛血氣を離れず。夫れ十二經脈なる者は、 內は府藏に属し、外は肢節に絡う。夫子乃ちこれを四海に合するか。)
人の身体の中にある十二経脈の流れは、内部では五臓六腑につながり、表面では四肢や体の各所に連絡している。これらの流れはどのように(自然界と同じように)四つの海に注いでいるのか?という黄帝の問いからはじまります。それに対して岐伯が答えます。
歧伯答曰 人亦有四海 十二經水 經水者 皆注于海
海有東西南北 命曰四海
(歧伯答えて曰く、人にも亦た四海・十二經水あり。經水なる者は皆、海に注ぐ。海に東西南北ありて、命づけて四海と曰う。)
中国を中央としたとき、東西南北の四つの方向にそれぞれ海があって、それを四海といい、それは人体においても当てはまるのだ、としています。
地理的に見て、東、北、南には海が広がっていますが、西はずっと山脈です。ただその先に大きな湖(カスピ海)があるので、それを海とみたのではないか、という説と、さらにその先には黒海もあるよ、という考え方もあるそうです。
画像はグーグルアースのものですが、中国とカスピ海の位置関係を何となく確認してみました。確かに海かも。
また、古代中国では実際に十二の川が挙げられていて、『霊枢』経水篇にもそれが反映されています。
此人之所以參天地而應陰陽也 不可不察
足太陽外合清水 内屬膀胱 而通水道焉
足少陽外合于渭水 内屬于膽
足陽明外合于海水 内屬于胃
足太陰外合于湖水 内屬于脾
足少陰外合于汝水 内屬于腎
足厥陰外合于澠水 内屬于肝
手太陽外合于淮水 内屬小腸 而水道出焉
手少陽外合于漯水 内屬于三焦
手陽明外合于江水 内屬于大腸
手太陰外合于河水 内屬于肺
手少陰外合于濟水 内屬于心
手心主外合于漳水 内屬于心包
凡此五藏六府十二經水者 外有源泉 而內有所稟
此皆内外相貫 如環無端 人經亦然
黃帝曰 以人應之奈何
(黃帝曰く、人を以てこれに應ずることいかん。)
この篇もそうですが、古代中国の基本的な考え方「自然と人体が相応じている」をしっかり念頭に置かないと、せっかく読んでも「ふーん、そんなもんか」で終わってしまいます。ここを大真面目に考えるかどうかが、いわゆる「東洋医学としての鍼灸」をやるかどうかの境目ではないかと。
歧伯曰 人有髓海 有血海 有氣海 有水穀之海 凡此四者
以應四海也
(歧伯曰く、人に髓の海あり、血の海あり、氣の海あり、 水穀の海あり。凡そ此の四者は、以て四海に應ずるなり。)
とりあえず、東西南北は(当時では常識すぎのか?)すっとばして、以下の4種類の海が提示されます。
① 髄海
② 血海
③ 気海
④ 水穀の海
テキストもそのまま先に進むのですが、せっかく東西南北と言っているのですから、試みに対応を考えてみます。
まず、髄海ですが、「髄」は身体の一番深いところとすれば「腎」と対応しますし、脊髄や脳髄と考えれば「心」とも対応します。
次に、血海ですが、「血」は「肝」と対応しつつも「心」との関りも深い。
気海の「気」を主るといえば「肺」でしょうか。
最後の「水穀」といえば飲食に関わる「脾胃」を挙げたくなります。
以上をまとめてみました。
① 髄海 → 腎または心 → 北または南
② 血海 → 肝または心 → 東または南
③ 気海 → 肺 → 西
④ 水穀の海 → 脾 → 中央
中国大陸の中央に海は無いのはご愛敬、ということで。
とりあえず、先に進みます。
黃帝曰 遠乎哉 夫子之合人天地四海也 願聞應之奈何
(黃帝曰く、遠きかな。夫子の人を天地四海に合するや。 願わくはこれに應ずることいかなるかを聞かん。)
「遠乎哉」はテキストでは「なんと奥深い見解であろうか!」となっていますが、先生からは「え、ちょっとよくわからないのですが?」ぐらいの意味ではないかとご指摘がありました。もっと詳しく聞かせてほしい、ということですね。
歧伯答曰 必先明知陰陽表裏滎輸所在 四海定矣
(歧伯答えて曰く、必ず先ず明らかに陰陽・表裏・滎輸の在る所を知りて、四海定まる。)
「滎」はちょろちょろと流れる水のこと。「輸」は抜き出して運ぶことから、移す。そこから「滎輸」は出ていくものと注がれるもの、流れやめぐりを意味すると思われます。
人体の陰陽・表裏・滎輸を理解すれば、おのずと四海についても明確になる、としています。
黃帝曰 定之奈何
(黃帝曰く、これを定むることいかん。)
歧伯曰
胃者水穀之海 其輸上在氣街 下至三里
(歧伯曰く、胃なる者は水穀之海なり。其の輸、上は氣街に在り、下は三里に至る。)
前段と出てくる順番が異なりますが、最初は「水穀の海」です。
『素問』の五藏別論では「胃者水穀之海 六府之大源也」と記述されています。
同じく太陰陽明論では「陽明者表也 五藏六府之海也」、
同じく痿論でも「陽明者,五藏六府之海,主閏宗筋」、
『霊枢』の動輸では「胃為五藏六府之海 其清氣上注于肺」と記述されています。
胃は解剖生理的に見ても、飲食物をまず入れるところなのでまさに「水穀の海」という感じがします。
衝脈者為十二經之海 其輸上在於大杼 下出於巨虛之上下廉
(衝脈なる者は十二經の海たり。其の輸、上は大杼に在り、下は巨虛の上下の廉に出づ。)
この文は明示されていませんが、他との兼ね合いで「血海」についてだろうと言われています。
張介賓の註では「これは血の海である。衝脈は胞中より起こり、体の前部を行くものは、少陰の経とともに、臍を挟んで上行し、胸中に達して散ずる。体の後部を行くものは、上って背後を循り、経絡の海となり、上行するものはこめかみに出、下行するものは足に出る。だから、その流れめぐるところは、上は足の太陽経の大杼穴に達し、下は足の陽明経の上下の巨虚穴の側面に至るのである。」と述べられています。
膻中者為氣之海 其輸上在於柱骨之上下 前在於人迎
(膻中なる者は、氣の海たり。其の輸、上は柱骨の上下に在り、前は人迎に在り。)
つい膻中穴を思い浮かべてしまいますが、ここでは広い意味で「胸中」を指すとされています。
張介賓の註では「膻中は胸中をいい、肺がある処を指す。諸気は皆肺に属しており、これを真気という。また宗気ともいう。宗気は胸中に集まり、喉に出、心脈を貫いて、呼吸の気をめぐらす。だから、膻中は気の海なのである。」と述べられています。
「柱骨之上下」は瘂門と大椎を指すとされています。
腦為髓之海 其輸上在於其蓋 下在風府
(腦は髓の海たり。其の輸、上は其の蓋に在り、下は風府に在り。)
「蓋」は頭蓋骨を指し、張介賓は「蓋は頭蓋骨であり、即ち督脈の顖会のことである」としています。
とりあえず、ここまでで「四海」についての治療穴が提示されましたが、それぞれの病態についてはこの先、次回に読んでいくことになります。
お疲れさまでした。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました。