ショートショート⑧キンタマレジデンス〜後編

前編から3年後

やっと見つけた……。ここが「キンタマレジデンスⅠ」か。
中山銀次が3年かけてやっと見つけ出したその場所は、マンションではなく大きなお屋敷のような場所だった。

前編のあらすじ
中山銀次が住むマンション「キンタマレジデンスⅡ」は好条件好立地に関わらず破格の安さを誇っている。その理由は「自分の睾丸を一つ、契約時に引き渡す」ということが条件にあるからだ。
自分たちの玉は何に使われているのか気になった彼は「その答えは『キンタマレジデンスⅠ』にある」というヒントを住人から得たのであった。

執事のような60歳くらいの男性に案内され、中山銀次は中へ通された。

大広間にいた男性は年配、というより長老というワードの方が当てはまる、田原総一郎のような人物が葉巻を吸って高価そうな座椅子に腰をかけていた。間違いない。彼が「キンタマレジデンスグループ」の大家主だ。

「待っていたよ。中山くん。座りたまえ」
中山銀次は言われるがままに、田原総一郎が指差す椅子に座った。
「よくここを突き止めたね」
「3年、かかりました。最初はただの興味本意だったんです。自分たちの『玉』はどこへ行ったのか。そして何に使われているのか。あなたの居場所を特定するために不動産屋に転職までしました。でも分からなかった。結局は闇ルートを使うしかありませんでした」

中山銀次の声は震えていた。

「ここを特定するのと並行して睾丸についての研究も独自に行いました。そこでとある情報にぶち当たりました。

どうやら睾丸を出汁に使った大人気ラーメン屋がある、という情報をね」

「ほう」
田原総一郎は感心したのか、唸り声を上げた。
「それは全国チェーンの誰もが知っているラーメン屋です。病みつきになるスープは多くのラーメンファンを虜にしてきましたが長年そのレシピは謎につつまれたまま。そこのオーナーはあなたでしょう?」

中山銀次は続ける。

「まさか行列に並んでいるラーメン屋のお客さんも、このラーメンのスープが人間の睾丸で作られていると知ったら、どうなるでしょうね」
「俺を強請っているのか?」

田原総一郎は忍ばせていた拳銃を取り出し、中山銀次の方に向ける。
「重要機密事項だ。知られたからには生かしておけん」

銃を向けられても中山銀次は落ち着いていた。
「秘密を知れたのに、どうしてわざわざここまで来たと思います?」
「検討がつかん」
「今僕を撃つのはまずいですよ。他にも仲間がいます。あなたのマンションのエレベーターの中で会って以来、一緒に研究を続けてきた男性です」
「お前の要望はなんだ?」
「父に、会わせてください」

2年前

インターフォンが鳴ったので中山銀次は恐る恐る出てみると、そこに立っていたのは朝にいつも会う例の美人だった。

「中山くん、わかってきた?私たちの、玉の行方」
「徐々にですが、確実に近づいてはきています」
「そう。私ね、結婚するの。こんな私を受け入れてくれる素敵な人と。だからもうこのマンションからは出ていくわ」
「それは、おめでとうございます」
「でね、実は私も独自で調べてたの。玉の行方」

どうやら彼女は「玉の行方」という言い回しをひどく気に入ってるようだ。

「調査を進める中で、一つの工場に行き着いたわ。私たちの玉は、ひとまずはここに出荷されている。そこから先はどうなってるか分からない。その工場の資料がこれ。残念ながら住所とかは分からないけど、作業員とか研究員の名簿はある」

「その名簿を見てびっくりしましたよ。行方不明になっていたお父さんの名前があったんですから」
「君のお父さんの名前は、何というんだ」
「中山源五郎丸。同姓同名なんているはずがありません」
「確かに、そういう名前の研究者はウチにいる」

田原総一郎は構えていた銃をゆっくりと懐に戻した。

「まあ、面会くらいならいいだろう」
「それではダメです。こんな犯罪まがいの研究、すぐに辞めさせて、母親のもとに戻してください」
「そんなこと!できるわけないだろ!彼は貴重な戦力なんだ」
「もちろん手土産はあります」

中山銀次は、持参していた小さな木箱を机の上に置く。

「こ、これは」
「目には目を。歯には歯を。金玉には金玉を。そう、これは私の残っていた方の睾丸です。玉が一個あれば1店舗の1ヶ月分のスープが作れるということも調査済みです。あなたはそれが喉から手が出るほど欲しいはずだ」
「し、しかし……」

もはやこれはキンタマレジデンスならぬ、キンタマレジスタンスだ!

「さあ、選んでください!私は“人生を変えて”までここに来ているんですよ!」
「……分かった。取引しよう」

中山銀次、35歳。髪はまだまだ短いがこれから伸ばしていくことを想定し、毎日のトリートメントは欠かさない。エステと豊胸手術の甲斐もあって、首から下はもう完全に女のそれである。毎週通っている髭脱毛もそろそろ卒業だろう。

帰り際、玄関で慣れないヒールを履く中山銀次に、田原総一郎は問うた。
「父親を奪い返すためだけに、普通『新しい人生』を選ぶかね」
「そこまで悪くないですよ」

ふふふ、と不敵な笑みを残して彼は、いや、彼女は巨大屋敷「キンタマレジデンスⅠ」を去っていった。

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松本拓郎
サポートしていただいたお金を使って何かしら体験し、ここに書きたいと思います。