Vol.5 「ベトナムよ、穴だけは塞いでくれ」
「タクローさん、、、まだ体痛いっすけど、行きましょう。目的地までたどり着かないと、今後に支障きたします、、」
あべじゅん。お前ってやつは、どれだけ他人を思いやれる優しいやつなんだ。
そう思うと、全総理大臣小泉純一郎が、膝の痛みに耐えて劇的な優勝を果たした平成の大横綱「貴乃花」に対してかけた言葉、
「痛みに耐えてよく頑張った。感動した!」
この言葉を、ボロ雑巾のようになった彼に対して送ってあげたかった。
だがふと目線を下げたとき、股間部分のファスナーが壊れていたことにより、彼のモグラの鼻ほどの大きさしかないお○ん○んが顔を出していたため、すっかりこの気持は消え失せてしまった。
結局事故発生から約1時間後。あべじゅんがようやく生気を取り戻したところで、僕と彼は消えたオオハシのことを探しに、どこまでも真っ直ぐと伸びる道をまた前進し始めたのであった。
「いたぞ!!あの野郎、一人優雅にリラックスしてやがる」
オオハシは一人国道沿いにある露店で、一人熱々の甘ったるーいコーヒーを飲み、優雅に臭いタバコを吸っていた。
彼のことを見つけるとすぐに、あべじゅんと僕はものすごい剣幕で彼に近寄り、なんで勝手な行動するんだ!!とまくしたてるように問い詰めた。
それに対し彼はあっけらかんとした顔で、
「俺、通ってきた道は戻らないから。自分が行くべき道は前だけ。」
まるで自分がローランドとでもいうかのように答えてきたのだ。
オオハシ様、、、
いやいや。待て待て。違う違う。そうじゃないよな?お前が、ローランドのようにうまくその場を逃れることには無理があるから。素直に謝ってくれたほうが、今後の旅のことを考えるといいんだけど?
彼の発言に心の奥底からイライラし、すぐにでも手が出そうになった僕であったが、後ろでその発言を聞いていたあべじゅんが、
「オオハシさんらしいっすね」
そうクスッと笑いながら言うと、僕も段々と笑けてきて、なんとか落ち着きを取り戻すことができた。
これをきっかけに、お互い反省すべきところを反省しあい、そして最終的には、崩れかけていた信頼関係を取り戻すことに成功したのであった。このときの僕らは、最高に幸せな雰囲気に包まれていたことは間違いない。
だが、幸せとは長く続かないものなのである、、、、
この旅はこのときの僕らは知る由もない、悲劇の連続旅なのだ、、、
ハノイを出てから約半日が経過したところで、僕らはようやく最初の目的地「ニンビン」へと到着した。
実質バイクを運転した時間は6時間にも満たなかったが、慣れない環境での運転やあべじゅんの事故、そしてオオハシの暴走事件により、僕らの疲れは割りかしピークに達していた。
そのため世界遺産観光などどうでもよく、いち早く宿へと行き、とにかく休憩をしようという決断に満場一致で至った。
宿に着くと、あべじゅんは真っ先に事故で汚くなった身体を洗い流しに、シャワールームへと向かった。シャワールームからは傷が染みて痛いのか、ドスランポスのような雄叫びが聞こえてくる。
一方オオハシと僕はというと、少し仮眠をとった後、尋常じゃないくらいお腹が減っていたため、夕ご飯をどこで食べようかという話をしていた。
とにかくなんでもいいから腹いっぱい食べたいということで、大盛りで有名なお店に行くことにし、腹が千切れそうになるほどの炒飯と焼きそばを平らげた。
その食いっぷりに店の店主も感動したのか、サービスでビールを山ほど出してくれた。
すっかり大量のビールと大盛り料理を満喫した僕らは、明日の旅に備えて早く寝ようということになり、宿へと向かうことにした。
宿へ向かっている途中のこと。僕らは街灯が無いニンビンの街を、大量のバイク運転者と共に走っていたことが原因で、オオハシのことを見失ってしまった。
だが幸いにも前回のオオハシの件があり、逸れたらすぐにカフェかホテルのwifiを借り連絡を取るということを決めていたお陰で、僕らは難なく彼と連絡を取ることができた。
その後、あべじゅんと僕はバイクに乗り宿へと向かっていた。
すると、池に浮かぶピンク色のネオンに照らされた、大きな蓮のオブジェが僕らの目に入ってきた。
日中は明るくて気づかなかったが、夜になると街灯が無いことも相まってか、赤とピンクのネオンが際立ち、そこには心踊らせる色っぽい景色が広がっていた。
「タクローさん、オブジェちょとだけ観てから帰りません?」
オブジェのオの字にも興味がないようなあべじゅんが、色っぽい景色に幻惑されたのか僕に懇願してきた。
このとき少しくらい意固地になってでも断るべきだったのだが、どうしても観たいという彼の思いに負けてしまったことが僕の最大の反省点だろう。
「んー。じゃあ、15分だけね」
僕がそう言うと、僕ら2人はバイクを降り、池のウォーキングコースを歩き始めるのであった。
ウォーキングコースを歩き始めると、景色よりもたくさんのカップルがベンチに座っている方に目が向いた。そしてベンチに座りながら愛を確かめ合う彼らをみて、改めてここがピンクな場所なのだと認識する。
あべじゅんはというと。愛し合う彼らをみるとすぐつまらなそうな顔をし、隣でうぜぇうぜぇと小声で呟いていた。童貞根性丸出しだ。
あまりにもうぜぇうぜぇいうためイライラしてきた僕は、じゃあ帰ろうよと踵を返し、来た道を早歩きで戻ろうとしたその時だ。
一瞬の出来事だった。
気づけば僕は半地下の世界にいた。
はじめは冷静になれず、何が起こったか全く状況がつかめなかった。しかし呼吸を整え、一度冷静になり辺りを見渡してみると、うんち、うんち、うんち。
うんちしかない。
このとき、初めて自分が2m近く掘られた肥溜めに落ちたのだということを理解した。
あべじゅんが僕のことを探しているのか、大声で僕の名前を叫ぶ声が聞こえる。
あべじゅんの名前を呼ぼうと声を出そうするが、落ちた時に腕を深く切ったのか。その傷が痛すぎて声が出ない。
立って外に出ようと試みるが、腰やお尻も強打して立つこともままならない。しかも当たり前のことだが、肥溜めだから当然の如く強烈な臭いがし、目眩がする。
万事休すか。
そう諦めかけたときだ。
「タクローさん!大丈夫っすか!?」
あべじゅんが奇跡的に僕のことを見つけ出してくれたのだ。
僕は痛みを我慢し必死に腕をあげた。そして、彼が僕の腕を掴み、天界へと引っ張ってくれるだろう。ただ、そのことだけを期待していた。
しかし、その思いは彼の一言により全て掻き消される。
「タクローさん、臭すぎます!」
僕は、地獄から天国に行けるように必死に頑張ってきたカンダタが、最後ちょっとの私欲により天に行くことができなかった「蜘蛛の糸」の話を思い出してしまった。俺はカンダタ。あべじゅんは仏。
臭すぎるとシャウトした仏あべじゅんは、カンダタである僕のことを地獄へと残し、臭いと叫びながら去っていった。ここまで来ると涙の一つもでず、ただただ笑けてしかこない。
心を落ち着かせるために、一段とニオイがきついお気に入りのマルボーロを一服する。
上を見上げると、星が綺麗に光っていた。
どうやら本当の仏様は、吉次郎のように汚く肥溜めにいるような僕にでも、綺麗な景色をみせて心を落ち着かせろとでも言っているのだろうか。
そう思うと、さっきまで出てこなかった涙が一気に溢れてきた。
そしてうんちまみれになった僕はこう思うのであった。
「ベトナムよ、穴だけは塞いでくれ、、」