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自分の言葉で語りたい/小説:本日は、お日柄もよく(原田マハ)

なんて一直線で、爽やかな物語だろう。
最初にこの本を読んだ時、そう思ったことを覚えている。

私が『本日は、お日柄もよく(著者:原田マハ)』を読んだ時のことだ。

主人公のこと葉は、幼なじみの結婚式でスピーチトレーナーの久美と出会う。久美は、実はスピーチ、つまり言葉のプロフェッショナルの世界では知らない人のいない伝説のスピーチライターだったのだ。

自分も結婚式のスピーチを任されていたこと葉は、「スピーチのコツを聞こう」なんて軽い気持ちで、久美のもとを訪れる。
しかし、久美はスピーチをレクチャーする代わりに、こと葉にあることを頼む。それは、こと葉がスピーチを『おもしろい』と心から感じたら、私の仕事を手伝ってほしい、ということだった。

スピーチに魅了されたこと葉は、久美の仕事を手伝ううちに政界を二分する大騒動に巻き込まれていく。。。

この物語は終始、こと葉の視点で進んでいく。
彼女のキャラクターがとても魅力的なのだ。

何事にも前向きで、明るく、そしてスピーチに対してとても真摯だ。
彼女の視点で紡がれているからこそ、この物語からはこんなにも爽やかな印象を受けるのだと、そう思っていた。

しかし、二回目にこの本を読んだ時、受ける印象が少し違っていた。ちょうど2か月ほど前のことだ。

私は、昨年に千葉佳織さんというスピーチライターが代表を務めるkaekaという会社が提供するトレーニングを受講していた。
受講者の話す力をAIを用いて可視化した上で、半年間にわたってグループレッスン×プライベートレッスンの両輪で話す力を伸ばすためのレッスンを受けていた。

スピーチやプレゼンテーションなどの1対多のコミュニケーションの場面で、「どうすれば自分の話したい内容を相手に上手く届けることができるか」を学べるとても有意義な経験だった。

トレーニングの中で講師から何度も、
「あなたの言葉であなたのストーリー(=個人的な物語)を語ってください」そう、言われてきた。

私は、このストーリーを語るという行為がとても苦手だった。

自分のごく個人的な経験を語ることで聴衆の共感を呼ぶ。自分のトラウマ、弱みを開示することで聞いている人に親近感を感じてもらう。

頭では分かる。
でも、どうしても話している内容が無機質になってしまう。生々しい感情の動きを伝えたいのに温度が伝わらない。自分ではない第三者が出来事をただ話しているように聞こえてしまう。
そんな悩みを抱えていた。

そんなタイミングでこの本を読み返した。
すると、目に留まった場所が以前とは変わった。

この本には、結婚式での挨拶や国会での答弁など、たくさんのスピーチが出てくる。この一つ一つのスピーチが本当に素晴らしいのだ。

伝えたい主題(=コアメッセージ)が分かりやすく、おしゃれな比喩も入っており、冒頭と締めの表現も洒落ている。
何より、登場人物一人一人の感情が伝わってくる言葉選びが本当に素晴らしい。文字を目で追っているだけなのに、登場人物の感情が声の質感が、ありありと伝わってくる。
まるで目の前でスピーチを聞いているかのように。

「こんな風に話したい」
そう思った私は、自分のスピーチ原稿を何度も何度も見直した。こと葉のように久美のように、自分が伝えたい想いを心から言葉にできているだろうか。
そんな問いを何度も自分に繰り返した。

そうして出来上がった原稿を元に、受講生の皆さんの前で7分間のスピーチを行った。スピーチ後に受講生の皆さんからいただいた感想を私は大事にしまっている。その中の一人の方が記してくれた。
「あなたの語るストーリーに引き込まれた」と。

自分の想いを自分の言葉で語りたい。

想いを語りたい人の背中を押したい。
あなたが語るストーリーには価値があると伝えたい。

今はそう思っている。

(私が背中を押されたもう一つの大事なもの。
 kaekaの先輩である松本健太郎さんのスピーチです。)



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