院内ヒエラルキー 交通事故重傷記6
金曜。
私の主治医は搬送後に処置をしてくれた女性脳外科医で、「自業自得なんだけどね」と不快でしかない発言をした人物だった。
その主治医様が朝9時に病室に来た。熱血の歯科医師が宣言通り、朝いちから動いてくれたんだと私は思ったが、主治医様はそれについては触れず、大病院での診察結果を聞いてきた。
『そんなこと病院同士でやってくれ』と思いつつ、形成外科の名医とのやりとりと大病院では歯科での診察はなかったことを伝えると、主治医様は終始不満げだった。
病院間のヒエラルキー。主治医様のメンツ。そのような私の治療にとっては何の役にも立たない要素が大きく影響したのだろうか。もう一度、大病院に行き、そこの歯科で手術を受けるのは無理だと言われた。別の病院の歯科なら紹介できるかもしれないが、おそらく今の病院で顎間固定(がっかんこてい)をしてもらうことになるでしょうと宣告された。
しかし、それはおかしい。
こう反論した成果なのか、熱血歯科医師のおかげなのか、どちらでもないのか。数時間後、手術を前提に先日行った大病院の歯科に入院できるようになりましたと、とてもそっけなく言われた。
この後、私は、主治医様に唇の抜糸と縫い直しをしてもらうため診察室に向かった。先ほどまで偉そうに文句を言ったが所詮は患者。院内ヒエラルキーの最下層にいることを思い出し、『痛くありませんように』『きれいに縫ってくださいね』。こびるほかなかった。
麻酔で一切の感覚が失われ、さくさくと措置が進んだ。このまま終わると思ったが、麻酔が切れ、激痛が走る。事前に言われていた「痛い時は手をあげて教えてください」の教え通りに手を挙げても、「ちょっと痛いよなぁ、ちょっとなぁ」。なぜか主治医様の手は止まらん。
「痛いっっ!!!」
右手をあげても変わらない状況に文句を言うと、ようやく2回目の麻酔を打ってくれた。またさくさく縫い進めてくれていたはずだが、やがてさくさくがザクザクになり、ジャクジャクと、2度目の麻酔も切れて激痛の時を迎えた。
『ぐぅーーー』
その時 、私の耳元で腹の音がした。私にとっては痛みと怒りの極地でも、主治医様にとっては昼食をとる暇もないほどに忙しい日常の一コマ。『大変やな』。とても平和な音色に一瞬だけ気がそれた。搬送されて以降初めて主治医様を身近に感じ、怒りも痛みも忘れられるかと思ったけどそんな訳はなく、心の中で再び『痛い、痛い、痛い』と怨念のこもったお経を唱え始めた。
この夜、唇はずっと焼けるように痛かった。