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「かみさまがくれた休日を過ごす島で過ごす人 vol.6」

短編小説『かみさまがくれた休日シリーズ』の世界を舞台にした短い短い島人たちの不思議な物語。

「アイちゃんと遊ぶ」

(登場人物)
・僕・・・役場の職員
・アイ・・・ホテルろんぐばけーしょんのオーナーさんとおかみさんの娘

「こんにちは」と僕は小さな女の子に話しかける。
アイちゃんだ。
アイちゃんは、島を回っているといつもどこかで出会う。彼女ほど島の中で会っている人もいないかもしれない。

「こんにちは」とアイも挨拶する。
「今日はどこに行くの?」
「うーん。あそこ」と言って、空の方を指す。
「え、どこ?」
「あそこ」ともう一度同じ方を指す。
「え、空?」と僕は聞く。
「うん」とアイは笑顔で答える。

こんなやりとりは日常茶飯事なのであるが、いつもアイちゃんには驚かされる。不思議な子どもだとわかっているものの、さらに想像を超えて不思議な遊びをしているのである。

「どうやっていくの?」と僕は野暮なことを聞く。どうして大人はそういうことを聞いてしまうのだろうか? と一瞬そんな質問をする自分が嫌になることがあるが、でも、聞きたくなってしまう。

「どうやって? うーん」とアイちゃんは少し難しい顔をする。アイちゃんが悩んでいる姿を見るのは珍しい。空へ行くのは今日が初めてだったのだろうか。

「えーとね。空を見ながら寝ていると、すーとなんだから体がふわっとなって、すーとお空を移動できるようになるの。わかる?」
「うーん。わからない」と僕は素直に答える。だから聞くんじゃなかったと思ったし、それにアイちゃんもきっと気をつかってくれて説明を考えてくれたのに、と申し訳なくなる。

「そうだよね」とアイは笑顔になる。
「じゃあ、一緒に行こうか」と言って、返事を待たずに歩き始める。

「え、あ、まだ仕事の……」と言いかけるが、そのままアイについていくことにした。

海の近くまで歩いて行く。砂浜の近くの木陰に少し草が短くふかふかしているところがある。そこにアイは座る。
それに合わせて僕もアイちゃんの隣に座ることにする。珍しくアイちゃんがあまりしゃべらないので、僕は少し緊張している。

「大丈夫よ。だれでも行けるから」
「え? あ、うん。ありがとう」
アイちゃんは僕の心を読んで安心させてくれたのだろうか。本当に不思議な子である。

「それじゃあね。ぼーと空を見るの。ぼーと。なにも考えないの」
「うん。やってみる」
と言って、二人は草の上に仰向けに寝て、空を眺める。雲が流れている。普通の空だ。
僕は空をぼーと眺める……。

「はーあ」とあくびが出てしまう。
アイちゃんがぷっと笑う。
「あ、ごめんごめん」
「うん。いいの。それくらいがいいと思う。アイも空へ行くときはよくあくびがでるから」
「そ、そうか」と言いつつもどんなシチュエーションなのか想像できないが、でも、まあ、あくびもしても大丈夫というのはなんだか安心した。もうこのまま寝てしまいそうだった。

また、何も言わずにぼーと空を眺める。だんだんと瞼が重たくなってくる。
ちょうど昼ごはんを食べたばかりだったので、昼寝にはちょうどいい時間だった。

隣のアイちゃんを見ると、すでに目をつぶっている。そして、少し寝息が聞こえる。
僕は、なーんだ、空へ行くと言うのは、昼寝のことなんだ、と思った。
かわいいなと思う。
自分は昼寝をするわけにはいかないので、もう少しぼーとしたらこっそりと抜け出そうと思っていた。

でも、ぼーと空を眺めていると、だんだんと雲が大きく見えてくるような気がした。いやだんだんと雲に近づいてきているのである。
目の錯覚!? と思いながらも、その体験を楽しむ。
夢でも見ているのだろうか? と思うが意識はしっかりしている。
これがアイちゃんの言っていたことなのだろうか? と楽しくなってくる。

隣を見るとそこにはアイちゃんはおらず、青い空が続いている。
わー、すごい! と思う。本当に空の上にいる気分だ。
下を見下ろすことはできないかと思うが、体を動かすことはできなかった。
でも、視点は勝手にゆっくり回転していく。そして、さっきまで自分たちがいた場所の方が見える。
もうだいぶ小さくなっているが、アイちゃんと自分が寝ている姿が見える。

わー、自分がいる! と思う。いったいこれはなんだろう? と思う。

「あまり遠くへいっちゃだめだよ。帰ってこれなくなるから」と隣で声が聞こえる。
アイちゃんの声だ。

視線が自然とそちらへ向く。そこには、アイちゃんの姿はないが、たしかにそこにいることが感じられる。

「本当に空へ行くことができるなんてすごいね。ずっとこうしていたいな」
「うん。でも、あんまりそっちにいると、帰ってこれなくなっちゃうよ」
「そっか、それは気をつけないとね」
「うん。アイはもう戻るね」と言って何かがいなくなった気配を感じた。しかし、もともと見えてはいないので、気配だけが消えた感じがした。

それにしても、気持ちいいなと思う。また下をみると、さらに上の方まで上がってきているように見える。
どんどんと島から離れて行く。どんどんと空と一体になっていく感じがする。
なんだかとても幸せな気分になる。そして、だんだんと温かいものに包まれていく感じがする。
このまま空で昼寝でもしたいな、と思い少しうとうとしてしまう。

一瞬、意識を失ってしまった、と思ったが、どこかからか聞こえる声によって、目を覚ます。
「起きて、起きて。本当にもうだめなの?」
「息をしておらんぞ。心臓発作かなにかか……」
「まだ若いのに……。昨日まで元気にしていたのにのう……」
色々な声が聞こえる。

僕はその声の主たちを見ようとする。そこには自分の体が横たわっているのが見えて、そして、その周りに島の人たちが集まっているのが見える。
島のお医者さんの姿もあった。

アイちゃんが一生懸命、「起きて、起きて、そんなに遠くへ言っちゃだめ」と必死に僕の体を揺らしているのがわかる。

あれ、そんなに真剣な顔してみんなどうしたんだろう? と思うが、
あれ、もしかして、これは現実に起こっていることだろうか? と心配になる。

じゃあ、早く自分の体に戻らないと、と思うが、どうやって戻ればいいのかわからない。
戻れ、戻れ、と必死に願うが、何も怒らない。
どうしたらいいのか、途方にくれる。自分はこのまま天国へいってしまうのであろうか……。
そんなことが頭をよぎる。
どうしたらいいのだろうか。

「あ、近くにいる?」とアイが気配を感じとった。
「また、ぼーと空を眺めて、空へ行った時と同じように。ぼーと眺めるの」とアイちゃんが言う。
「わかった」と僕は言うが、その声は聞こえていないようだ。
心を落ち着かせて僕は、ぼーとする。ただ、なかなか周りが騒がしてくぼーとできない。
でも、なんとか心を落ち着かせてぼーと空を眺める。

そうすると、またなんだかあくびが出てくる。呑気なもんだ、と思うが、それでいいそれでいいと心を落ち着かせる。
そうすると、また一瞬ふっと、意識が途切れる。
目を開けるとまた空が見える。雲はだいぶ遠くにあるようだ。

「お帰りなさい」とアイが隣に寝ながら顔だけをこっちに向けて言った。
「あれ、みんなは?」
「誰も来てないよ」
「あれ、夢でも見たのかな?」
「空には行けた?」
「うん。行けた行けた。とても楽しかったけど、なかなか戻ってこれなくて焦ったよ」
「うん。最初は戻り方がわからなくて、アイもずーーーと空で遊んでた」
「そっか、そっか、でも、無事戻ってこれてよかったね」
「うん」とアイは笑顔になって、そして体を起こす。
自分もそれに合わせて体を起こす。
この不思議な体験はなんだったのだろうか? 本当に空へ行ったのだろうか。幽体離脱とか、そういうのだったのだろうか。それにしても、島の人たちの姿が見えたのもなんだったのだろうか。
不思議なことばかりである。でも、隣にアイちゃんがいるから、それが不思議なのか、不思議ではないのかわからない。
「いつもこうやって遊んでいるの?」
「うん」とアイは普通に答える。

不思議なことは不思議なままでいいと僕は思うのであった。
そもそも、僕に理解できるようなものではないと思ったからである。

「そろそろ行かないと」
「うん」
「じゃあね」と行っていこうとすると、また、ふっと一瞬意識が切れる。今度は、急に視界が真っ白になる。

また雲の中だろうか?
「だめね、急にこんなところに来ちゃ、ふふふ」という声がする。
アイちゃんのお母さんである、おかみさんの声がした。

声の方をみると白い雲、いや、湯気の方に女性のシルエットが見える。
「あ、え、ごめんなさい」と僕は逃げるように視線を逸らして、出ていこうとするが、そこからうまく動くことはできない。
「あんまり遠くにいくと危ないわよ。ゆっくりと気持ちを落ち着かせて」とおかみさんが言うが、そのセクシーな声が余計にドキドキさせる。

落ち着け、落ち着けと思うが、落ち着くことができない。ああ、どうしようか、と思っていると、「大丈夫よ」と湯気の方からちょっとおかみさんの肌が見える。
「ああ」と興奮しすぎて僕は一瞬気を失う。

目を開けると目の前にはまた空が広がっていた。隣を見るとアイちゃんがこちらを見ていた。
「どこ行ってたの?」と聞く、
「え、えっと……」とどう答えていいものかわからない。さっきのはなんだったのだろうか、と思い出そうとする。

「アイも一緒に行けばよかった」と残念がる。
「え、いえ、あの……」と言葉に困る。

ああ、そうだもうそろそろ行かなくちゃと思って、
「じゃあ、そろそろ行かなくちゃ」と行って起きようとするが、また意識が飛ぶ。

え? また視界は真っ白だ。もういい加減にしてくれ!!

僕はその日夕方までずっとそんな状態が続いた。
ちゃんと肉体に戻れたのは夕方であった。

帰るともちろん、他の職員に何をやっていたの? と聞かれるが、
僕は、空の方を指さすだけであった。

空へ行くのは当分やめよう。


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