形態分析②:アルベルティによる概念としての〈建築〉の自律
0. レオン・バティスタ・アルベルティ
新年最初の記事は、ルネサンス期の建築を語る上で最も重要な人物の一人と言っても過言では無い、レオン・バティスタ・アルベルティ(1404-1472)について書いてみようと思う。建築に限らず数学・法律・絵画・彫刻・詩、さらには運動にも長けていたという、いわゆる「なんでもできちゃう人」だったアルベルティは、後述する「建築十書(De re aedificatoria)」という著作において、ルネサンス期の包括的な建築理論を確立した人物として知られている。時系列的には以前紹介したブルネレスキとブラマンテの間に位置する人物であるが、その礎を築いたという意味で、ルネサンスの最後を締めくくる記事には最もふさわしい建築家だと言える。
Fig.1. レオン・バティスタ・アルベルティの肖像画
アルベルティといえば一般的に、絵画のようにフラットで装飾的な面をファサードに貼り付けたような建築が特徴的で、「世界で最初の看板建築家」などと形容されたりもする。例えばフィレンツェにあるサンタ・マリア・ノヴェッラ教会(1456-1470)が顕著な例だろう(この教会ではアルベルティはファサードの設計のみを依頼されたため、厳密には例として適切では無いかもしれないが、この教会に見られるようなファサードの「フラットさ」は彼の他の建築に共通する特徴となっている)。
Fig.2. サンタ・マリア・ノヴェッラ教会(1456-1470)
このような特徴を持っているために、アルベルティの建築はしばしば「表層だけの、上辺だけの建築」として現代の建築書では否定的に書かれていることが多いのではないかと、個人的に思っている。しかしながら、一見するとただの「看板建築」に見えるアルベルティの建築も、その背後には現代の建築の考え方にも通じる重要な概念と理論的構築が隠されており、それゆえアルベルティはルネサンス期最高の建築家の一人として数えられているのである。では、その理論的構築とは何か?という事を、まずは彼の建築十書を紐解いていく事で見ていきたい。
1. 抽象化による概念の自律:建築十書
まずアルベルティの建築について考える上で欠かせないのが前述の建築十書だ。この本は1452年に書かれたルネサンス初の建築理論書で、紀元前1世紀頃に書かれたヴィトルヴィウスによる同名の著作、「建築十書(De architectura)」に応答する形で同じく十章構成で書かれている。ヴィトルヴィウスの建築十書の中で最も有名なのは、建築に必要な三要素、用(使いやすさ)・強(構造の強さ)・美(美しさ)の提示だろう。
Fig.3. ヴィトルヴィウスによる建築に必要な三要素の提示
この2つの本の大きな違いの一つとして、ヴィトルヴィウス版の建築十書はボリュームの配置や敷地の扱い、構造の仕組みに加え、風に対する建物のオリエンテーションや石の加工に使われる薬品といった、いわゆる「良い建物の建て方」を、カテゴリーごとに分けて極めて包括的に記述した指南書であるのに対して、アルベルティ版の建築十書は、建物の〈部分〉と〈全体〉の関係性やプロポーション、装飾の使われ方などといった、「良い建築とは美学的にこうあるべきだ」という建築そのもののデザインの在り方を概念的に記述した理論書となっていることが挙げられる。以下、アルベルティの建築十書から引用しながら彼のデザイン理論を紐解いていく。
まずはじめにアルベルティは「美」というものを「〈全体〉が〈部分〉の単なる足し算よりも優れていること」と定義する。
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