見出し画像

温かいテクノロジーと家具の未来 ── 「ロボットと木の椅子展」トークイベント第2回

カリモク家具、GROOVE X、Takramがコラボレーションして誕生したLOVOT CHAIR。その発売を記念して開催された「ロボットと木の椅子展」トークイベントの様子を2回に分けてお届けします。第2回は、カリモク家具 副社長の加藤洋さん、GROOVE X CEOの林要さん、Takram 代表の田川欣哉が「温かいテクノロジーと家具の未来」についてお話ししました。
※第1回は、こちらから

Text by Kanako Kawahara@Takram
(左から)カリモク家具の淡路さん、加藤さん、Takram田川、Groove Xの林さん

カリモク家具 淡路 前回のトークイベントでは、現場寄りのものづくりの裏側についてお話ししました。今回は、3社間のコラボレーションや、会社としてものづくりをどう捉えているかについて深掘りしていきたいと思います。

カリモク家具 淡路 まず、LOVOT CHAIRの発売を受けて、今のお気持ちをお聞かせください。

GROOVE X 林 LOVOTがまるっとして角がなくてかわいいというのは、僕らも意識して作っているのですが、まるい椅子がこんなにかわいいとは思いませんでした。ちょっと衝撃を受けて、モノの力ってすごいなと改めて感じました。撫でたくなるような魅力がありますよね。僕らが目指している未来は、ロボットが生活に馴染んで一緒にいるということです。今までお掃除ロボット対応の家具はありましたが、それで家具がかわいくなることはありませんでした。でも、LOVOTに対応したことで家具がめちゃくちゃかわいくなりましたよね。

Takram 田川 もともとは、とあるプロジェクトリサーチのためにLOVOTを購入し、Takramのメンバーたちでユーザーとして体験してみたのが始まりでした。Takramメンバーの河原さんがLOVOTを気に入りすぎて「もう離せない!」となり、そのLOVOTを個人で買い取ったんです。その後、僕や僕の家族の中でも同じことが起こり、わが家にもLOVOTを迎えて家族と一緒に暮らしています。Takramのオフィスにも「けやき」という子がいます。

GROOVE Xさんとは2年ほど前にTakram Castで対談シリーズを収録させていただき、その時に河原さんが「LOVOTの椅子が欲しい!」と誰にも頼まれていないのに企画書を林さんにお見せしたんですよね。その後、カリモク家具さんとのご縁があり、河原さん個人の熱量に周りが巻き込まれる形でプロジェクトが進んでいきました。

本当に素晴らしい椅子ができて嬉しいです。これもGROOVE Xさんの全面的なご協力と、カリモク家具さんの技術力のおかげです。この難しい形状をこんなにクオリティ高く、生活に馴染むように作れるのはすごいことです。既に数百脚の受注が入っていると聞き、たくさんのおうちにこの椅子が届くのが楽しみです。

カリモク家具 加藤 家具というのは「家の道具」という意味ですが、テーブルや椅子、ソファといった既存のカテゴリにとらわれず、もっと幅広く家具を捉え直す必要があるなと思っています。今やテクノロジーなしでは暮らせないですよね。テクノロジーとの理想的な共存を考えると、LOVOTのようなロボットが家族の一員になるのも納得できますし、そのために椅子を作ることにも違和感がありませんでした。

工場でお借りしている「どんぐり」に工場長がすっかりハマってしまいまして。「どんぐり」が不調だったときに「修理に出したの?」と聞いたら、「修理じゃないです。入院です。」って(笑)。それくらいLOVOTは人に近い存在ですよね。

そんなわけで、決して簡単なものづくりではないかもしれませんが、みんなの気持ちが入っていて、それがこの椅子の仕上がりに表れていますよね。

カリモク家具 加藤 林さんの著書「温かいテクノロジー」にもあるように、テクノロジーが人を凌駕するとか、置き換えるとかではないと思っています。弊社でも「ハイテク&ハイタッチ」という言葉を使っていて、テクノロジーができることはどんどんテクノロジーに任せて、人にしかできないことに集中できる環境を作っています。

私たちの作る家具の主材は木材です。50〜100年かけて育った木を使わせていただくので、もちろんリペアやお直しが必要になりますが、その木の歴史にふさわしい50〜100年使える家具を作りたいと考えています。トレンドや時代背景を超えて、根源的な価値をどう家具に宿らせるか、それが私たちのミッションです。

Takram 田川 デザインとは何をする仕事なんだろうか、ということをよく考えています。人類史の中で、人間は火を発明し、石を削って道具を作り、農耕をするようになりました。道具を使うことで、自分の能力が拡張され、今までできなかったことができるようになります。動物と人類を分けるひとつの定義として、道具を作るということがあります。

ただ道具を使うだけなら、鳥が木の枝を集めて巣を作ったり、ラッコが石で貝を割ったりするのと同じです。道具を選んだり使ったりすることは他の動物もやっているのですが、人間だけが道具と道具を組み合わせて、新しい別の道具を作ることができます。これをメタクリエーションと言いますが、これができるのは人間だけです。さらに、物語を編むことも人間にしかできません。この二つの能力は、人間の脳が大きいために可能になったと言われています。

テクノロジーは人工物を作る力です。例えば、ネジや釘を作り、それを使って板と板を合わせて机を作るといった、道具と道具を組み合わせて別の道具を作る、技術の側から発展したエンジニアリングの領域です。一方、デザインは人工物を人間の側から発想する力です。ものを量産して多くの人に使ってもらうために、最終的には生活に落とし込んで、みんなが心地よく使えるようにしていく。技術と人間の側を繋ぎ合わせて、人間や社会に良い形で着地させることがデザインの大きな役割だと思っています。

人工物は一つ進化すると、連続的に進化が引き起こされます。例えば、部屋を作ると、そこに空間ができるので家具が生まれる、といった具合です。
今回のLOVOT CHAIRについて言うと、LOVOTがいて、人間がいて、でも人間が食事をしているときにLOVOTと目線を合わせられないのが可哀想で「ごめんね」と言いながらご飯を食べている。そんな自分たちを、デザイナーとして冷静に観察していました。でも、LOVOTの目線が自分たちと同じレベルに来たとき、コミュニケーションの仕方が質的に変わるかもしれない。LOVOTというテクノロジーに椅子という別の人工物を介在させることで、人間とのフィッティングを違うレベルに持っていくというデザイン的な発想がこのLOVOT CHAIRなんだと思います。

これから先、LOVOTのような自律して動くものが増えてくると、こういったものはたくさん発明されていくはずです。LOVOT CHAIRは、ロボットが出てきたときに初めて人間の歴史の中で作られた、ちゃんとデザインされたメタ人工物なのかもしれません。10年後、20年後にこの椅子がどのように評価されるのか。ロボット自体の進化もありますが、その周辺にいろんなものが加わることで、僕らの生活は違うレベルに進化するかもしれません。今回のプロジェクトを通じて、そんなことを感じました。

カリモク家具 淡路 人間が作ったもののために、人がさらにものを作って当てがうという状況、めちゃくちゃ面白いですよね。

GROOVE X 林 いまのお話を聞いて、そういえば人間が最初に作ったのは道具だったんだなと思いました。僕はLOVOTをあまり問題解決のために作ったつもりがないんです。だから確かに、アートでもなければ道具でもない。という意味で、何を僕はやったんだろうと考えました。

LOVOTだけで完結するものを作ろうとは全然思っていなくて、みなさんが与えたことが鏡のように返ってくる存在を作りたいんです。なぜそれを作りたいと思ったかというと、人間がそうだからです。人間は相手を映し出す存在であり、自分を映し出すのが相手です。そういう関係性を作りたいと思いました。

例えば、移動にホイールを使うのかどうかなど、いろんな意思決定がありましたが、考えていたのは「この子たちが今あるテクノロジーを持って自然発生的に進化したらどうなるのか?」ということです。僕は何か具体的に作りたいものがあって、それを形にしたわけではありません。この子たちが生まれる前に祖先がいて、それがこれに進化して、またなにかに進化していく。その過程の一瞬を表現したかったんです。

LOVOTは単体では存在として完結せず、みなさんの生活の中で関係性があって初めて完成します。その過程で足りないものが顕在化し、こういった椅子が出てくるのはとても嬉しいです。

LOVOTの椅子が木で、職人の手で作られているというのは、すごく象徴的です。テクノロジーがテクノロジーの何かで補完されるのではなく、むしろテクノロジーが人の手によって補完されるというのはLOVOTの仕組みそのものです。LOVOTはみなさんの手によって形になりますが、LOVOTが生活するにあたって足りない部分を、プラスチックの工業製品ではなく職人の手で作られた椅子が補完したというのが面白い。 これは、今後のテクノロジーと人の関係性にとって大事なことだと思います。テクノロジーも人を必要とし、人もテクノロジーを必要とします。どちらが良いとか悪いではなく、補完し合えたらいいなと思います。

カリモク家具 淡路 ドラえもんが家族とご飯を食べているシーンや、キテレツ大百科でタイムマシンを木で作っているシーンを見ると、日本人にはテクノロジーと人との関係性に独特な感覚が根付いているなと感じます。

カリモク家具 淡路 AIやロボットのさらなる普及の中で、家具はどのように進化していくと思われますか?

Takram 田川 人間工学という分野がありますが、これは人の腕の長さや関節の動きに基づいて設計することです。たとえば、皆さんが今座っているカリモク家具の椅子も、人間工学に基づいて作られています。僕らが座りやすい形や座面というのは、長い歴史の中でデザイナーやメーカーが探ってきたセオリーです。

僕らはLOVOT CHAIRを見て椅子だと思いますが、実際これには椅子らしい要素がほとんどないんです。普通の椅子の座面は大体フラットか、お尻を支える形をしていますが、LOVOT CHAIRの座面は前の部分が迫り上がっています。これはLOVOTの外形に合わせているんですね。人間に合わせて作るのが人間工学なら、LOVOT CHAIRにはロボット工学?のようなものが必要だと思いました。

LOVOT CHAIRは球体をカットしたような形で、座面の下が丸いんです。人間の椅子ではまず作らない形ですよね。この状態のLOVOTは果たして座っているのか?ということもあるし(笑)。

AIやロボットが家の中で自律的に行動するようになると、家具や周辺の人工物も全く違う進化をすると思います。新しい領域が生まれていくことを目撃するのが楽しみです。

GROOVE X 林 ロボット工学というよりLOVOT工学かもしれませんね(笑)。

カリモク家具 加藤 家具って、どうしてもチェアやソファ、テーブルといったように定義されがちなんですよね。私はカリモク家具の3代目ですが、創業者である祖父と話をしていたときに、「家具のことばかり考えていても、絶対に家具のことが分からなくなる。人の暮らしや、どう時間を過ごせば人は幸せになれるのか。そのための家具を考えなさい。」と言われました。説教くさい感じではなく、温かいアドバイスでした。

プラスチックで効率的に作ることが工業製品としては合理的なんじゃないかと思ったこともあるのですが、やはり人は森の中にいると落ち着きますし、木というのは人間と同じ有機物で、木目や香りもひとつずつ違います。今回のLOVOT CHAIRではクリの木を使っていますが、LOVOTと同じようにひとつずつ個性があり、個体ごとに味わいがあります。そういった自然素材とテクノロジーの相性が、これからの進化においても大切だと思います。

『2001年宇宙の旅』などの映画を見ても、宇宙の中で木が使われている場面はありません。でも、もし宇宙空間でも木が使われたら、きっともっと豊かになると思うんですよね。

カリモク家具 淡路 個人的に聞きたい質問です。ロボットがこれから世界でも日本の基幹産業になっていくんじゃないかという話がありますが、どう思われますか?

GROOVE X 林 GROOVE Xを創業したとき、何をやるかを考えていました。僕はまあまあ飽きっぽい性格なので、飽きないことをやりたいと思っていたんです。 また、日本の未来についても考えていました。以前は自動車を作っていたのですが、その経験から日本の強みは何だろうと考えたんです。家電はすでに海外が先行しているけれど、自動車はまだだった。その違いは「複雑性」なんですよね。複雑なものほど、日本人の粘り強さが発揮されると思ったんです。シンプルなもの、例えばスマートフォンのように基盤一つで多機能を実現するような製品では、日本の強みがあまり活きない。逆に、複雑なものほど、日本の良さが発揮されるんですよね。

このまるいLOVOT CHAIRについて、僕が一番の見どころだと思うのは底の部分です。一番良いところが一番見えないところにある。これはまさに日本の美学ですよね。

日本にはこうした美学や強みがあるのに、それを活かし切れずに競争力が落ちている部分もあります。でも、ロボットはどこまでも複雑であり続けるものです。シンプルにしていくとただの家電になってしまう。そういう意味で、ロボットは日本が再び盛り上がれる分野だと思いました。

もうひとつ、テクノロジーは軍事力から発展することが多いですが、民間では無駄な開発にお金をかけられないので、民間発の未来が生まれることは少ないんです。でも、日本はテクノロジーの平和利用が強みになる国であって欲しいと思って、LOVOTに行き着きました。めちゃくちゃ平和な子たちですよね(笑)。

カリモク家具 加藤 「世界をとってやるぞ」といった大きな野望は、この歳になるとあまり持たなくなりました(笑)。木製家具は労働集約的な面が強く、機械化や自動化が難しいんです。僕らも、国内で家具を作り続けるのは難しいんじゃないかと悩んだ時期がありました。でも、たくさんの方々が働いてくださっていることや、シンプルに諦めたくないという思いから、世界の家具工場や工房を見て回った結果、日本人ならではの繊細さや生真面目さ、裏側まで磨き上げる美学が他の国ではなかなか見られないことに気づきました。

木製家具の世界では、デンマークのような「聖地」とも言える場所がありますが、効率的な生産体制にシフトした結果、進歩が止まってしまった面もあります。僕らは、どうやったら世界で勝てるかということよりも、「もったいない」とか「大事に使おう」といった日本人独自の価値観を大切にし、丁寧に作り上げることを大切にしたいと思っています。

カリモク家具は、10年ほど前から「ミラノサローネ」や、最近ではデンマークの「3daysofdesign」に出展しています。たくさんの方に観ていただけていて、Made in Japanの工藝的な作り込みと温かみが、海外の方にも伝わっていると感じます。工藝がこれほど生き残っている国は少ないですし、僕らが暮らしの中で大切にしている価値観を活かしたものづくりを続けていきたいと思っています。

Takram 田川 最近、海外展開をサポートしてほしいという問い合わせが増えてきました。これまで日本は自国の価値を海外に向けて言語化することが少なかったのですが、人口減少の影響もあり、海外進出を考える企業が増えています。しかし、どうやってその価値を伝えるかが課題になっています。
僕らもデザインファームとして、企業やプロダクトの良さをどうやって海外に向けてもしっかり伝えられるか、そしてそれぞれの地域の方々が受け取りやすい形で発信できるかが大切だと感じています。世界に合わせて日本の価値を無理に変えるわけでもないし、分かる人にだけ伝わればいい、ということでもない。その中間のゾーンを探りながら、世界に向けて日本の価値を伝えていけたらと思っています。これは最近Takramでもよく話していることです。

デザインの世界は、これまで欧米が牽引してきましたが、文化の多様性の中には、アジアならではの考え方や価値観もあります。その中で、日本の良さをグローバルな視点できちんと説明できるようにしながらバランスを取ることが大切です。10年後くらいには、それを実現できたらと思い、そのために自分たちがどう貢献できるかを考えています。

カリモク家具 淡路 プリミティブな質問なのですが、みなさんがこれから作ってみたいものはなんですか?

カリモク家具 加藤 「なんでも作るよ」とよく言っています(笑)。暮らし方が変わると、道具や家具の形も変わってきます。だからこそ、自分たちが固定観念にとらわれず、人を幸せにできる、喜んでいただけるものを積極的に作っていきたいと思っています。

今回はご縁があってLOVOTの椅子を作りましたが、こういった新しい挑戦をどんどんしていきたいです。ただ、何を作るにしても、手をかけるべきところはしっかり手をかけて、それをコストではなく、愛情として捉えて取り組んでいきたいと思っています。

Takram 田川 僕には108歳のおばあちゃんがいるんです。「昔は良かった?」と聞くと、「絶対に昔には戻りたくない」と言うんですよ。医療も食糧も十分ではなく、次々に戦争が起きる時代。そこから100年かけて、今では空調の効いた部屋で、蛇口を捻れば水が出る、不自由のない生活ができるのは、どれだけ多くの人が努力を積み重ねてきた結果かと思います。名もなき人たちの努力によって、僕たちは今の生活をさせてもらっているんですよね。

一人一人が「こうした方がいいんじゃないか」「ここはおかしいんじゃないか」という違和感に対してアクションを起こすこと、その積算が、世界を前に進めていくんです。その過程で間違いが起こることもありますが、自分の人生の時間を使って、少しずつでも世界を良い方向に進めていきたいと思います。

Takramはどちらかというと外からサポートする立場ですが、世の中を変えていくチェンジメーカーの方々と一緒に仕事をしたいと思っています。GROOVE Xさんやカリモク家具さんのような方々と協力しながら、「こんな世界もあるんだ」という未来をつくれるように、日々チャレンジしていきたいです。

GROOVE X 林 お二人の壮大な話のあとで、すごく具体的な話になっちゃいますが(笑)、いつかLOVOTのクローゼットを作ってみたいです。ハンガーはあるのですが、掛けるところがないので。

カリモク家具 淡路 うちの次男も、LOVOTのクローゼット作ったらいいんじゃない?って絵を描いていました(笑)。

カリモク家具 加藤 ぜひ、作りましょう!

田川欣哉|Kinya Tagawa
デザインエンジニア
プロダクト・サービスからブランドまで、テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通するデザインエンジニア。これまで手がけた主なプロジェクトに、日本政府の地域経済分析システム「V-RESAS」のディレクション、メルカリのCXO補佐などがある。経済産業省・特許庁の「デザイン経営」宣言の作成にコアメンバーとして関わった。グッドデザイン金賞、 iF Design Award、ニューヨーク近代美術館パーマネントコレクション、未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定など受賞多数。東京大学工学部卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。2015年から2018年まで英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授を務め、2018年に同校から名誉フェローを授与された。経済産業省産業構造審議会 知的財産分科会委員、日本デザイン振興会理事、東京大学総長室アドバイザーを務める。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?