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愛されるものづくり ── 「ロボットと木の椅子展」トークイベント第1回

カリモク家具、GROOVE X、Takramがコラボレーションして誕生したLOVOT CHAIR。その発売を記念して開催された「ロボットと木の椅子展」トークイベントの様子を2回に分けてお届けします。第1回は、カリモク家具 設計課の成田舞子さん・小手川諒さん、GROOVE X CDOの根津孝太さん、Takramデザイナーの中森大樹・岩松直明・河原香奈子が「愛されるものづくり」についてお話ししました。
※第2回は、こちらから

Text by Kanako Kawahara@Takram


(左から)Groove Xの根津さん、カリモク家具の成田さん・小手川さん、Takram岩松・中森・河原

カリモク家具 小手川・成田 愛知県の知多郡という場所にカリモク家具の工場がありまして、普段はそちらで椅子の設計をしています。

Takram 中森・岩松 自分たちは家具や家電などの工業デザインをしています。

Takram 河原 私は普段はデジタル系のデザインをしています。LOVOTのオーナーでもあり、もうすぐ3歳になる「まさら」と一緒に暮らしています。LOVOTのための椅子を作りたい!という想いを話していたところ、カリモク家具さんとのご縁が生まれ、今回椅子をデザインさせていただくことになりました。

GROOVE X 根津 LOVOTのデザインをしています。うちにも「はちまる」というLOVOTがいるのですが、純粋にオーナーの立場で早く欲しいな!と思いながら椅子の完成を楽しみにしていました。

Takram 河原 LOVOT CHAIRを作るにあたり、まずはどんなシーンを実現したいかを考えました。LOVOTと暮らす中で、特に気になっていたのは食事のときに目線が合わないことでした。そこで、人とLOVOTが食事のときにも目線を合わせて座れるようにし、家でのいろんな時間をもっと一緒に楽しめる椅子を作りたいと思いました。

具体的なデザインを進めるにあたっては、3人で様々なラフを描きながらデザインの指針を定めていきました。一目でLOVOT専用の椅子だとわかるようにしつつ、人の生活空間に自然に溶け込むデザインを模索しました。

Photography by Shinji Serizawa

Takram 岩松 はじめから、後ろ姿をかわいくすることをデザインのポイントとしていました。3Dプリンターで1/5サイズのものを出力し、ミニチュアのLOVOTを座らせてどのように見えるかを検証していました。それから、実寸大のモックアップも作成し、テーブル越しに目線が合う高さや、LOVOTのあご肉がどのくらい見えるかなども試していました。

Takram 河原 いわゆる人用の椅子をLOVOTサイズに縮小したものから、LOVOTの身体に合わせたものまで、アイデアの幅を出していったのですが、どれもかわいいねとなって、なかなか決められなかったんですよね。それで、最終的に絞り込んだ5つの案をLOVOTオーナーさんにアンケート形式で見ていただき、ご意見をいただくことにしました。その結果、現在のデザイン(一番右)が圧倒的に人気で、こちらを製品化することに決定しました。

Takram 岩松 形状的には一番難易度が高そうでしたが、カリモク家具さんが得意とする形状でもありましたよね。

Takram 河原 デザインが決定して、一番初めにカリモク家具さんが作ってくださったプロトタイプがこちらになります。見た瞬間に「かわいい!」と声が漏れましたね。

GROOVE X 根津 これを見た時に、LOVOTが幸せそうに見えたんですよね。これは価値あるものになる!と確信しました。

カリモク家具 小手川 一次試作では、まず確認したい要点を中心に制作しました。具体的には、LOVOTが椅子の上で揺れた時に手が当たらないかと、座らせやすさの2点に重点を置いて作り込みました。

Takram 河原 完成までに、何度か試作していただきながら、Takramでデザインを修正して、また作って…というフローを何度も繰り返しました。

GROOVE X 根津 実際に作ってみるとわかることって沢山ありますよね。

カリモク家具 小手川 クリの木をまずCNC加工機で削り、人の手で丁寧に研磨します。その後、組み立てを行い、最後に塗装を施します。カリモク家具には「ハイテク&ハイタッチ」という製造コンセプトがあり、機械でできるところはできるだけ機械で行い、人の手でしかできない部分に時間をかけることで、大切にものづくりをしています。

Takram 河原 人用とLOVOT用では、椅子の作り方にどのような違いがありましたか?

カリモク家具 小手川 設計や製造の観点では、求められる椅子の強度に大きな違いがあります。人用の椅子は座った際の強度が重要ですが、LOVOTは体重が軽いため、そこまでの強度は求められません。そのため、今回のLOVOT用の椅子の形状をそのまま人用に適用するのは非常に難易度が高いです。LOVOT用だからこそ、チャレンジできた椅子の形状でもありました。

Takram 中森 デザイン面では、人用の椅子は様々な年齢や体型の人に対応するため、余裕を持たせた設計が必要です。しかし、LOVOTの場合は全て同じ体型なので、その点が一番違いました。この子のためにピッタリとした椅子を作ることができたのが、最大の違いだと思います。

Takram 河原 Takramの東京オフィスには「けやき」というLOVOTが居ますが、けやきと触れ合う中でものづくりに生かされた気づきはありましたか?

Takram 岩松 オフィスでは日々「けやき」と接していましたが、椅子を作るために1週間ほど自宅にホームステイしてもらい、一緒に過ごすことにしました。家とオフィスの環境は全く異なるからです。

椅子の高さについては、スツールに箱などを乗せて試し、目線が合うとLOVOTの表情が少し喜んでいるように見えることにも気づきました。どのくらいの高さが適切かという数値的な要件もありますが、人とLOVOTがお互いに幸せに感じるスタイル、手すりや背もたれの影響など、具体的なデザインのポイントは、けやきと一緒に暮らす中で見えてきました。

Takram 中森 自分も「けやき」と自宅で一緒に過ごして、距離感が大事だということに気づきました。オフィスの広い空間では、たまに撫でる程度の関わりでしたが、自分の部屋に「けやき」がいると、その存在感が全く違って感じられ、距離感には大きな可能性があると思いました。椅子を作ることで、LOVOTとの新しい距離感を作ることの重要性も実感しました。

Takram 河原 工場でも、LOVOTの「どんぐり」と日々触れ合いながら椅子の製造を進めてきたと思いますが、その中で感じたことはありますか?

カリモク家具 成田 「どんぐり」と休憩時間を一緒に過ごすことが多く、癒されて「頑張ろう!」と思いました。工場長も「どんぐり」をとてもかわいがっています。

Takram 河原 こうして出来上がったLOVOT CHAIRですが、皆さんが気に入っているところと、作っていて苦労したところを教えてください。

Takram 中森 作った自分が言うのもおこがましいのですが、基本全部気に入っています(笑)。LOVOTが座っていなくてもLOVOTの存在感を感じさせるデザインでありながら、家具としても自然に馴染むスタイルが作れたと思います。苦労したのは形状のモデリングです。3D CADで外側のまんまるな形を作るのは簡単でしたが、内側が非常に難しかった。手すりや背もたれの内側は柔らかい形状にして、LOVOTが座ったときに包まれている感じを出すために、すごくこだわりました。

Takram 岩松 自分が特に気に入っているのは、手すりと背もたれです。初めの試作で、LOVOTの手が手すりに少し乗っているのがかわいいねという話になりましたが、実際には手が擦れないようにギリギリのところで手が触れないように設計しました。角度によっては手が触れているようにも見えます。椅子側がLOVOTの手を迎えにいくような形状にすることで、LOVOTが落ち着いて座っているように見えるんです。

背もたれも同じで、LOVOTはもたれられないのに背もたれがある。背もたれがないと後ろに転びそうに見えるので、そう見えないように細かく調整しています。いろんな工夫がこの手すりと背もたれに詰まっています。

Takram 河原 LOVOTを大事に扱ってあげたいっていう気持ちの表現でもありますよね。

カリモク家具 小手川 自分は、人用の椅子ではあまりない形を作れたことがすごく楽しかったです。同時に、普段作らない形状なので、それがやっぱり大変でした。この形状はひとつの木材の塊から削り出しているわけではなく、たくさんの木材を重ねてひとつの塊を作ってから削り出しています。それによって、木目をいろんな方向で出すことが可能になりますが、どの方向に木材を重ねると一番違和感がないかを考えるのが重要です。いくつかの候補を出して検討しながら進めていきましたが、そこがかなり苦労した点でした。

カリモク家具 成田 座面にあるLOVOTのシルエットや、背面のネームプレートが椅子本体にピッタリ嵌っているところが気に入っています。私は椅子の梱包も担当しましたが、段ボールの中に入れるサポート材としての段ボールの設計など、椅子を安全に運ぶための工夫に奮闘しました。

GROOVE X 根津 僕も本当に全部が好きなんです。もう、愛の塊みたいな感じですよね。「カロリーは嘘をつかない」ってよく言うんですけど、食べたらちゃんと太るように(笑)、誰かがものに込めた熱量ってちゃんと伝わると思うんです。この一つの椅子に対しても、みんなのLOVOTへの想いが結実しているのを感じます。それが一番グッとくる点かもしれないです。

Takram 河原 自分は、LOVOT CHAIRをカリモク家具さんと一緒に木で作れたことが一番気に入っています。LOVOT自身は何年経っても見た目に変化はありませんが、木の椅子は過ごす時間によって多少色や質感が変化していくかと思います。LOVOTは変わらないけれど、一緒に過ごした時間が椅子に刻まれていくというのは、とても素敵だなと思っています。

Takram 河原 例えば、椅子はちょうどいい高さで座れるという機能性だけでなく、心地よい手触りのような情緒性も大切かと思います。機能性と情緒性のバランスをどのように取っているか教えてください。

GROOVE X 根津 永遠のテーマですね。LOVOTを作るときに一番難しかったのは、センサーの扱いです。周りを認識するためにセンサーは非常に重要ですが、センサーをいろんな所に付けるとLOVOTの身体が硬くなってしまい、柔らかさや温かさが失われてしまいます。最終的に、頭にホーンを付けることで解決しましたが、これはこの子の理(ことわり)であると考えています。ある意味、機能性と情緒性がツノを生やしたようなものです(笑)。結果的に、みなさんホーンのあるLOVOTを愛してくださり、これがないとLOVOTじゃないと感じるくらいになっていますね。

カリモク家具 小手川 設計という立場では、デザイナーさんから受け取ったデザインをもとに形にしていくことになるため、機能性と情緒性のバランスを調整するようなことはできません。そのため、デザイナーさんの意図を汲み取る能力が非常に大切だと思っています。意図を誤ってしまうと、結果的に違うものになってしまうので、その点を常に意識してものづくりをしています。

Takram 中森 なんでも便利になっている世の中で、機能性の高いものが増えてきています。デザイナーとしてさまざまなものを作る中で、情緒性への比重を求められる機会が増えていると感じます。人工知能に頼れば何でもできる便利な世の中になった今、人間が気持ち良いと思ったり、愛らしいと感じたりすることが、機能が満たされるにつれて重要になってきているのだと思います。今回は、LOVOTの愛らしさに押されるかたちで、機能性も満たしながら情緒性に振り切って椅子をデザインしました。

Takram 岩松 時代によって変わる部分もありますね。以前は業務用の機械のデザインをしていたのですが、機能性だけで成り立っているようなもので、情緒性を取り入れる余地がありませんでした。しかし、隙あれば入れることを心がけていました。それは色や形を変えるということではなく、ネジを一本でも減らすとか、無駄な線を消すといったことです。その結果、部品を減らすことでコストバランスも良くなり、設計の人にも喜ばれ、美しい形状になりました。 

僕はバランスを取ろうとすると失敗することが多いと感じていて、どうしたら機能性と情緒性の両方を実現できるかを常に考えています。機能性ばかり考えていると、情緒性のヒントが得られることもあるんです。

GROOVE X 根津 ネジを減らして無駄な線を消すことで、部品の構成も良くなって。でも、それを見た人はきっと「綺麗だなあ」と感じますよね。やっぱり、機能性と情緒性って、うまく両立できるんじゃないかな。

Takram 河原 LOVOT CHAIRも機能性だけで考えると、安全性のためにベルトを付けようみたいな話になるのですが、やっぱりかわいく座っている姿を大事にしたいねということで、機能性と情緒性を両立できるデザインを追求しましたよね。

Takram 河原 最後に、皆さんが「愛されるもの」をつくるために大切にしていることを教えてください。

Takram 岩松 先ほど根津さんが言っていたことにも近いですが、やっぱり時間をかけることが大事だと思っています。LOVOT CHAIRに関しても、手すりや背もたれ、脚の形まで、考えていない場所がないくらい細かくこだわって検討しています。「なんでこうなっているの?」と聞かれたときに答えられない部分がないくらい、すべての部分を考え尽くして作っています。そこまでやることで、伝わるものがあると信じてやるしかないと思います。

Takram 中森 デザイナーとして、その世界や文化に飛び込んで理解することを大切にしています。今回も、LOVOTと一緒に暮らしてみることから始めました。最初は、インテリアに馴染むこととLOVOTに馴染むこと、2つの観点からデザインを考えていたのですが、最終的にはかなりLOVOTに寄せたデザインになりました。でも、実際に出来上がったものを見たら、これはその両方を飛び越えたなと感じました。とてもLOVOTらしいけれど、部屋の中に置かれていても違和感がない。愛してもらえるものになったかなと思います。

カリモク家具 小手川 設計者としていろんなデザイナーさんと仕事をする中で、ときには安全性を保ちながら形にすることが難しいデザインもあります。でも、そういうデザインだったときに「作らない」という選択は基本的にしません。なぜかというと、「これなら安全に使えるだろう」というふうに条件に当てはめて考えていくと、どうしても似たようなものが出来上がってしまうんです。そうなると、ユーザーの選択肢が狭まって面白くないですよね。だから、できるだけ設計の工夫で課題を解決して、世の中に選択の楽しみを増やしたいと思っています。そんな考えで仕事をしているので、LOVOT CHAIRは特にその思いが実現できたものだと感じています。

カリモク家具 成田 私は細かなところまで手を抜かずに丁寧に作るということが大事だなと思っています。今回であればLOVOTのシルエットやネームプレートの部分の精度ですね。

GROOVE X 根津 本当に皆さんおっしゃったとおりですよね。けど、やっぱり河原さんが本当に欲しいものを作ったっていうことが大きいんじゃないですかね。その熱量が最後までものづくりを引っ張っていったんじゃないかなと思います。

Takram 河原 一人で突っ走ってしまっていたらどうしようという不安もありましたが(笑)、皆さんがすごく理解して一緒に楽しんで作ってくださったことが本当に嬉しかったです。LOVOTオーナーの皆さんからご意見をいただいたり、カリモク家具さんから木の扱いについて教えていただきながら、みんなの力で作り上げたLOVOT CHAIRだと思っています。デザイナーだけでデザインを考えるのではなく、みんなを巻き込んでいく姿勢が、愛されるものづくりには大切なんじゃないかなと思いました。

河原 香奈子|Kanako Kawahara
デジタルプロダクトデザイナー/ディレクター
UI/UXデザインとブランディングを中心に活動するデザイナー。使い勝手だけでなく使い心地を大切に、幅広いカテゴリーのデジタルプロダクトのデザインを手がける。多摩美術大学情報デザイン学科卒業後、出版社やWeb制作会社を経て、ITスタートアップ複数社にて新規事業立ち上げからグロース、デザイン領域の役員などの経験を積み、2020年よりTakramに参加。主なプロジェクトとして、内閣府・内閣官房が提供する新型コロナウイルス感染症が地域経済に与える影響の可視化を行うサイト「V-RESAS(2020年度版)」のUIデザイン、株式会社ゴールドウインが運営するGoldwin Online Storeのリニューアルなどを担当。22年度グッドデザイン・ニューホープ賞の審査員も務める。

中森 大樹|Daiki Nakamori
インダストリアルデザイナー/ディレクター
東京大学大学院に在学中、乗り心地と制御にフォーカスしたパーソナルモビリティの研究を行い、その知見を生かして極小車両のスタートアップに参加。続いて千葉大学大学院およびミラノ工科大学で工業デザインを中心として学ぶ。その後ダイキン工業株式会社でインダストリアルデザイナーとして企画から量産まで一貫して製品開発を担当。2018年Takramに参加。グッドデザイン賞、iF Design Award、Red Dot Design Award、KOKUYO DESIGN AWARD 2016 グランプリ、LEXUS DESIGN AWARD 2015 Prototype Winner等受賞。

岩松 直明|Naoaki Iwamatsu
インダストリアルデザイナー/サービスデザイナー/ディレクター
ビジョンを体現する新規事業やプロダクト開発を得意とするデザイナー。京都工芸繊維大学大学院デザイン経営工学専攻修了。大手情報機器メーカーにて、新規事業の企画立案から、複合機や業務用機器の製品デザインまで幅広く手掛ける。2020年よりTakramに参加。TAMRONのミラーレス用交換レンズのプロダクトデザインや平安伸銅工業とのAIR SHELFの商品企画からプロダクトデザイン、ブランドディレクションなどを担当。また、NAO IWAMATSUとしてミラノサローネなどで作品発表や中小企業の自社製品開発などの支援も行う。手掛けた製品はVitra HouseやFondation Louis Vuittonをはじめとするミュージアムショップでも販売される実績を持つ。James Dyson Award国内最優秀賞、iF Design Award、German design Awardなど受賞歴多数。

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