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NYイベントレポート ── 都会で継承され、進化し続ける、郷土の食文化とは
2024年11月末、アメリカ・NYでTakramが主催したトークイベント「Transcultural Tastemakers」の様子をお届けします。
今回のイベントは、同年4月に行われた初回に続き、第2弾【食文化の継承と発展 - Inheriting and Evolving Food Traditions】と題して実現しました。
当日は、日本のカルチャーに深い関心を持つ方や、食に関連する活動をされている多くの方々に参加いただきました。
会場はニューヨーク(以下、NY)ブルックリンのグリーンポイント地区にあるTaku Sandoの店舗スペースをご提供いただきました。
トークセッション後は、限定のサンドイッチ&軽食メニューが提供され、来場者から大好評を博しました!
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このメニューはDASHI OKUME、D&DEPARTMENT、Oko Farms、Taku Sando、Takramのコラボレーションにより実現したものです。
ゲストプロフィール
相馬夕輝さん
D&DEPARTMENT PROJECT ディレクター
1980年滋賀県生まれ。D&DEPARTMENT OSAKA店長、ストア事業部門ディレクターを経て、飲食部門「つづくをたべる部」ディレクター。全国を取材し、その土地の食文化を活かしたメニュー開発や、イベント企画などを手がける。2016年より「渋谷のラジオ」内番組〈SHIBUYA d&RADIO〉パーソナリティー。2021年、滋賀県長浜市に発酵食文化が体験できる複合文化施設「湖のスコーレ」を、「くるみの木」石村由起子氏と共同プロデュース。2024年、初の著書となる食分野での活動をまとめた『つづくをたべる食堂』を出版。
Yemi Amu(イェミ・アミュ)さん
Oko Farms ファウンダー
2013年、NY初で唯一の市民に開放されたアクアポニックス水耕農園を設立。NY市全域で20以上の農場創設・運営に携わるほか、栄養学、調理、造園の教育プログラム開発やコミュニティ活動のディレクションを行う。2021年テイタス・ゲーツとプラダが創設した、卓越したクリエイティブ人材を支援するドーチェスター・インダストリーズ実験デザインラボ初年度メンバーに選出。コロンビア大学教育大学院修了(Health and Nutrition Education)。
テラス席で焚き火を囲みながら、いよいよトークセッションの幕開けです。まずはゲストのお二人に活動紹介いただくところからスタートしました。
郷土料理の隠れたストーリーを世界に発信
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D&DEPARTMENT 相馬さん(以下、相馬さん):
D&DEPARTMENTは息の長いデザインを応援する取り組みです。基本的にはプロダクトのデザインや伝統工芸を中心にやっていますが、僕はその中で「食」を担当しています。
渋谷のヒカリエという場所に食堂を作り、47都道府県の郷土料理や食文化をリサーチをして一つの定食にして提供しています。同じ場所にミュージアムを持っていて、47都道府県を様々な切り口で展示する活動を年に3〜4回ほど、およそ12年ぐらい続けています。
ちょうど先日「NIPPON UMAMI TOURISM」という日本の食文化を取り上げた企画展が終了しました。全国各地の郷土料理を紹介しながら、その土地の文化背景や自然環境などいろんなものが重なって、一つの料理、一つの”うまみ”の要素が出来上がっていることを伝える展示です。
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相馬さん:
皆さん、”うまみ”っていう言葉は知っている方も多いと思います。昆布と鰹節で旨味が構成されると捉えられがちですが、日本にはもっと複雑で多様なものがあって。
例えば、滋賀県の郷土料理、鮒鮓(ふなずし)は握り鮨の原点とも言えるものです。魚とお米、塩を使って乳酸発酵させ、1年以上かけて作られます。その酸味のある味わいは昔ながらの手間のかかる製法の賜物ですが、江戸時代には酢を使ってより簡単に作るための現代的な方法へと進化し、皆さんご存知のいわゆる”寿司”、江戸前寿司が誕生しました。
現在では、鮒鮓(ふなずし)に使用される固有種「にごろぶな」の数が環境変化により減少して高級品とされています。
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D&DEPARTMENTの活動ミッションには、単純に旨みだけではなくて、文化や自然観や歴史を含めた価値をちゃんと伝えていきたいというのがあります。
もともと、NIPPON UMAMI TOURISMの海外巡回も視野にあったとのことで、今回TakramとNYでのコラボレーションに繋がりましたね。
たしかに”うまみ”という言葉は世界中に広がりつつありますが、相馬さんがやっていることは、その定義を拡張することです。五原味のひとつとしての意味を超えて、気候、経済、物流、歴史など、食を取り巻くさまざまな側面や文脈を取り入れようとしている。
そういった意味で、Oko Farmsの活動を通したアミュさんの実践とも多くの共通点がありそうです。
なぜ都心で農場経営に挑むのか?
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Oko Farms アミュさん(以下、アミュさん):
私はブルックリンで10年以上農業をやっています。水耕栽培の中でも、アクアポニックス農法という循環型のエコシステムを使って、鯉や金魚などの淡水魚、野菜、果物、花を育てる農家です。
私は当初、農業を始めるつもりはまったくありませんでした。 栄養士や調理師としてキャリアをスタートしましたが、多くのクライアントが「食」と「農業」の間に大きなギャップを抱えていることに気付きました。
私はナイジェリア出身で、ラゴスという街で育ちました。ラゴスでは人々が自分の畑を持っているため、作物がどのように育ち、食卓まで届くのか常に身近に感じられる環境でした。しかし、NYでは事情が異なります。スーパーマーケットに並ぶ野菜は輸送の利便性を重視して選ばれるため、必ずしも美味しいとは限りません。
都会における食育の重要性を強く感じ、食習慣を変えるためには、結局は自然とのつながりを再構築するしかないと考えて、自分で農業を始める決心をしたのです。
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アミュさん:アパートの屋上で小さな容器栽培をしはじめると、じきに48世帯分の食料を生産できるようになりました。ビルの住人たちを連れ立って屋上に行き、野菜を収穫をしたり、調理をしたりしました。みんなとても喜んでくれたし、もっと積極的に関わりたいと言ってくれました。
その後、アクアポニックス農法と出会いました。低い環境負荷で魚と野菜を同時に育てられる点に魅力を感じました。この方法なら、都市部でも新鮮な食材を提供でき、人々と自然とのつながりを再び作り出せると思い、ワクワクしたことを覚えています。おそらく、故郷ラゴスの「食」を取り巻く環境をどうにかNYで再現したいという強い思いがあったのかもしれません。
消えゆく文化の救世主は「食育」
相馬さん:
Oko Farms、素晴らしい取り組みだなと思います。
郷土料理を調べれば調べるほど、土とのつながり、つまり「土地の環境」と「そこにはどんな作物が育つか」という連関がベースにあることに気付かされます。新鮮な食材を手に入れるためには、基本的には田舎に足を運ばなければなりません。 都会に暮らすと土からどうしても離れてしまう。これは避けられないことです。
ですが、(NYのような)都会で人々が新たな手段を見つけ、遠くから食材を取り寄せなくても良い状況が生まれていることに、非常に勇気づけられます。しかも新しい循環を作りながら農作物が生まれていることに非常に興味が湧きました。
アミュさん:
NYや東京のような都市部に住めば、どうしても遠く離れた土地で生産された食材を日常的に摂ることになりますね。
しかしどれだけの人が、その食材が、誰によって、どのように育てられたものなのかを理解しているでしょうか? 食のすべては畑から始まりますが、その生産のプロセスについて私たち一人ひとりが知識を得ることは非常に重要だと感じます。
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アミュさん:それとは別に、現在の農業技術や食糧生産に関する知識が、必ずしも若い世代に継承されていないという課題もあります。アメリカの農家の平均年齢は60歳です。
相馬さん:日本でも、農家の7〜8割が60歳以上です。多くの子どもや孫たちは別々に暮らしており、農業に直接触れる機会がある人たちは本当に少ないでしょうね。知識や文化の継承は、都市部に限らず、地方でも深刻な問題です。周りに農業があっても、関心を持たない人が多いのが現実です。関心がないと、近くで何かが作られていても、その意味や価値を理解できません。
だからこそ、アミュさんが取り組んでいる都市農園を通した「食育」のプログラムは、都市部だけでなく、実はローカルな場所にも必要性を感じます。これは世界中で求められていることで、そのリーダーシップを取れる人がどれほどいるのかというと、今は非常に少ない状況だと感じます。
ところで、農家の高齢化や生産量の減少に関する情報はありますが、その食材を使った料理を実際に食べている人がどれだけいて、どのように影響を受けているのかというデータはほとんどありません。
食文化は気付かないうちに消えていくんです。食文化がなくなると、食材を作る文化も失われていく。作ることと食べることは、ぐるぐると循環し続けているのです。
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多様なストーリーを受け継ぎ、発展する畑
知識や文化を継承していく重要性について触れられましたが、ご自身の活動の中で特に「継承」していると感じるものは何でしょうか。
アミュさん:いろいろとありますが、最も大きなものの1つは「食が人々を結びつける」という考え方です。
食には、歴史や人々の経験、想いが詰まった「物語」が伴っており、それを継承していくことは、私の使命だと感じます。私の幼少期の思い出はすべて食に関することでした。食事を通して人々が集まり、コミュニティが形成されていく様子を見て育ちました。Oko Farmsを通じて実現したいこともまさにそれです。
畑は、地域社会を形成するための中心的な役割を果たします。自分が育てる作物を心待ちにしてくれている人々に思いを馳せることが、私にとって重要なんです。
畑で栽培する作物を選ぶとき、単に生産のことを考えるのではなく、その作物を通じて地域社会がどんな可能性を広げられるかを考えます。例えば、どういったイベントやワークショップができるか、いかにして畑を地域コミュニティの集いの場にできるかを意識します。
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アミュさん:NYは、世界中からやってきた実にさまざまな人々が共存する、素晴らしい多様性をもつ場所です。うちの畑で栽培してほしい作物のリクエストを聞くたびにワクワクしますよ。
私はナイジェリア語でジュートと呼ばれる植物(=モロヘイヤ)を育てています。この植物は世界中で栽培されており、様々な呼び名で親しまれています。面白いのは、Oko Farmsを訪れた人々がジュートを見て、口々に子供の頃の思い出を語り始めるんです。移住者であるがゆえに、みんな故郷とのつながりを求めているのだと思います。
中には珍しい作物の栽培を頼んでくる人もいて、私はできるだけ挑戦してみるんです。たしかに「食」は、その風土が育むものという考え方は正しいのですが、別の地域で再現が可能な場合もあります。
実際、多くの作物は、元々その土地固有のものではなく、何千年も前から栽培されてきたものという訳ではありません。ですから、ある作物を育てることがきっかけで、近隣の人々が急に同じ作物を育て始めることもあります。
私たちが何を食べ、何を育てるかという選択が、この街の風景を作り、ニューヨークの都市型農業に新しい物語を生み出す力になるのです。
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アミュさんと相馬さんのお話が交差して深くつながっているのが面白いです。食がコアにあり、その周辺にあるものが重要な要素として語られています。例えば、人であったり、歴史であったり、文化であったり、環境であったり、それらの変化であったり。
次は「変化」という視点からお話をお聞きしたいと思います。
相馬さん:日本の郷土料理は、その土地の自然環境から得られる食材を前提として作られます。更に、季節に合わせて食べることで体に良い影響を与える、というような視点もあります。毎年その時期になると、料理が自然と身体の関係を取り持つ。
ときには伝承や昔話のようなものが作られて、共有されていく。「何月何日の祭りだからこれを食べる」といった形で、物語として人々に伝えられるんですね。先ほど、アミュさんが、みんな食を通して自分の故郷の物語をシェアしているとお話しされていましたが、実はやってること一緒だなって、すごく面白かったです。
環境面での変化について話すと、日本の自然環境はいま大きく変化しています。特に温暖化の影響が顕著なのは海藻類で、昆布の生産量が急激に減少しています。かつて北海道の沿岸では天然の昆布が豊富に採取されていましたが、現在では天然昆布は全体のわずか0.4%にまで減少しています。
この変化は過去20年ほどで急速に進み、日本の和食文化の基盤である「だし」にも影響を与える可能性が高まっています。昆布と鰹節、いりこ、しいたけなどを組み合わせた日本の旨味文化が昆布の減少によって大きな転換点を迎えようとしています。
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変化しつづける環境に食の未来をどう作るか
気候変動の影響は、食文化にも甚大な影響を与えますね。現在私たちが直面する気候変動や食文化に関する社会課題について、状況を改善するために必要な条件や、アクションは何でしょうか?
アミュさん:実際、気候変動への対応は個人の努力だけではなく構造的な問題で解釈は難しい面もあります、私は、たとえ気候変動が更に進んでも、人々が必要な食糧を確保できるようにするため、クリティカルに考え、積極的に行動することが重要だと考えています。
例えば、「干ばつの中でも食糧生産を可能にする農業システムの構築」は一つの具体例です。この夏NYではほとんど雨が降らず、多くの農家を悩ませました。水不足は世界中で起こっていることです。しかし私たちが採用しているアクアポニックス農法では水を無限に再利用できるため、それほど甚大な影響を受けずに済みました。
これから起こるかもしれない極端な環境変化を予期し対峙し続けること自体が重要な考え方です。そのためには、農業全般に関する理解を促して、水、土壌、人間以外の動植物との調和など、より全体観的な視点から環境について語る機会が必要です。
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アミュさん:また、私たちの次の世代が、この問題を解決に向けて進んでゆけるようにすることが重要です。彼ら自身がどうすれば気候変動に立ち向かえるのかを理解し、手段を持っていることが非常に重要なのです。
先ほど言ったように、農家の平均年齢は60代で、この現状をどうにか変えなければいけない。私は若者向けの教育プログラムやトレーニングを数多く行っていますが、彼らに実際の就業機会が用意されなければなりません。私一人のちからでは限界があります。
法律や政策の整備が必要な部分が多いため、政府関係者や意思決定に関わる人々も参加しなければ、前進することはできません。農家を支える隣接分野の仕事、つまりは地域社会全体が必要なんです。
私は、若い世代とよく議論を交わしますが、彼らは未来への「適応」と「レジリエンス」の必要性をすでに理解しています。先ほど、私たちが何を受け継いでいるかという話になりましたが、先人から継承したものがあるとすれば、まさしくそれ(=「適応」と「レジリエンス」の方法)でしょう。
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新たな「祭り」が都会に郷土を生む
アミュさんが「適応」について話してくれました。世界を取り巻く環境が変化する中で、郷土料理やその活動も変化を求められているのかもしれません。最後に、これから作られる食はいかにして新たな文化や伝統となり得るのでしょうか。
相馬さん 実は、ほとんどの郷土料理は、元々の形から変化してきたものです。これが一つのヒントになると思います。例えば、数百年の間に採れなくなった食材があり、料理自体も変化していったことがあります。
同じ名前であっても、食材が変わって代用されることがあり、その際に「〇〇もどき」などと呼ばれることもあります。それでも料理として残り、受け入れられています。このようなユニークな変化は、ポジティブに受け入れられ、文化として根付いていきます。しかし、元のルーツやつながりがあるからこそ、料理に対する愛着が育まれているのだと思います。
今日のセッションで面白いと感じたことがあって。郷土料理って、お祭りのような場で食べられることが多いんですよ。祭りで食べるものは、みんなで作り、関わることができる方がいい。そして家庭でも作られるようになってシェアされる文化が自然に生まれます。
そういえば、NIPPON UMAMI TOURISMの会期中に、伝統芸能に携わられている方から教わったことがあります。それは、日本で祭りがすごく減っているということです。伝統的な担い手が少なくなったからですが、昔はみんな新しい祭りをもっと作っていたそうです。減るものがあれば、新たに作られるものもあったのが、今では、新しい祭りは作られていません。
実は「新しい祭り」を創造する姿勢こそが、食文化を長く続けるためにも重要なのかもしれない、そこがつながってるんじゃないかなと。アミュさんの話にあったように、食育を通じてさまざまな人を巻き込みながら、食の場を共有すること自体が、もしかしたら「祭り」のようになるかもしれません。例えば、シェフが作った料理であっても、それをみんなで食べ、語り合う文化ができれば、新たな郷土料理が生まれる可能性もあるのではないかと思います。
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モデレータープロフィール
渡邉 康太郎
Takram コンテクストデザイナー
使い手が作り手に、消費者が表現者に変化することを促す「コンテクストデザイン」を掲げ活動。組織のミッション・ビジョン・パーパス策定からアートプロジェクトまで幅広いプロジェクトを牽引。ビジョン策定やVIデザインを手掛けたFM局J-WAVE では、自身の番組「TAKRAM RADIO」のナビゲーターも務める。著書『コンテクストデザイン』は青山ブックセンターにて総合売上1位を記録(2022年)。趣味は茶道、茶名は仙康宗達。