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虚無僧失格
大学に入学するや尺八部に入った。
虚無僧になりたかったからだ。
なかなか音が出ない。
先輩から、
「君、唇の形が悪いね」
と言われた。
「ちっちゃくて、かわいいおちょぼ口。
上唇が富士山になってるのも、よくないね…
ちょっと向いてないかもなあ」
舐めるような、値踏みするような目つきが、少々気になったが、先輩のその指摘は正鵠を得ていた。
尺八には、酷薄な殺人者のような、薄くて、まっすぐな唇が向いているという。
その先輩も、顔はメガネをかけたカバみたいだったが、唇はまさにそのとおりの、薄っぺらな理想型だった。
「鏡で唇の形を見ながら練習するといいよ」
とアドバイスを受ける。
素直に実行。
幸い1週間もしないうちに、なんとか音は出せるようになった。
手取り足取り、時には接近しすぎる、例のカバ先輩の、懇切丁寧な指導のおかげもあったろう。
しかし、である。
鏡の中の、自分の無様な顔に、だんだん嫌気がさしてきたのだ。
尺八では「首振り三年」というが、その三年に、はるかに及ばない、三ヶ月で退部した。
※タイトルの写真は「なぜか唇みたいに写った太陽」