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自粛家族

父が失踪した。
置手紙があった。
手紙など書く人ではない。
家族には時々LINEで、ひとことふたこと言ってくるくらいだ。
よっぽどのことなのだろう。
読んでみると確かに、よっぽどのことだった。

「私儀、この度一身上の都合により、本日をもって、父親を自粛させていただきます。」

一身上の都合だから、理由は書いてなかったが、それと思われる事実は、すぐに判明した。
会社の既婚の部下と不倫関係に陥り、にっちもさっちも行かなくなって、とうとう駆け落ちしたらしい。
謹厳実直を絵に描いたような、上場企業の管理職の父だった。
見かけに寄らずやるじゃないかと、ちょっと感心してしまったが、今はそれどころではない。
まずは母親のことや、今後の生活のことが心配だ。

その翌日、今度は母が失踪した。
朝起きたら、テーブルの上に、ラップを掛けたサンドイッチと野菜サラダ、そしてピンクの便箋が1枚乗っていた。
筆ペンで書いたと思われる達筆な走り書き。

「本日をもって、母親を自粛させていただきます。
たこたさん、実はあなたの本当の父親は、失踪したあの人ではありません。
長い間私は、あなたとあの人を騙していたのです。
今まで黙っていて、ごめんなさい。」

数日後にはとうとう、姉も失踪してしまった。

「本日をもって、姉を自粛させていただきます。
実は私、長年にわたって、長門山さんの愛人でした。
あくまで金銭上の関係と、私自身は信じたかったのですが、どうやらそうではなかったようです。
今私のお腹には、長門山さんの子がいます。
産むつもりです。」

これはさすがに、ショックだった。
長門山さんは、僕の恩人だったからだ。
やむを得ない事情で、ある会社に入社したものの、水が合わずに苦闘していた僕を、救ってくれた上司が長門山さんだった。
退社後も、折あるごとに会っていたのに、姉とこんな関係にあったなんて、夢にも思わなかった。

更に数日後、愛猫のシャロンが失踪。
これはもう、致命傷レベルだった。
僕にとっては最大のショックだ。
ぼろぼろになって落ちていた子猫で保護して以来、いつだって僕のそばにいた。
どんな時にも僕の味方だった唯一の存在が、この雌猫シャロンだったのだ。
シャロンはさすがに、置手紙は残さなかった。
なんらかの理由で、しかし、我が家での猫活動を自粛したかったのだろう。

自粛だから、未来永劫エンドレスというわけではあるまい。
もしかしたら今日明日中にも、現役復帰、活動再開ということだってありうる。
その日のために僕は、この家を守り続けるつもりだ。

ただひとつ、心配なことがある。
もしアレがばれたら、僕も、僕を自粛しなければならなくなるのだ。
ばれないことを祈るばかりだ。

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