噂の男前
「え~っ、リンリ?
友達がリンリの人と付き合ってるのよ」
たまたま知り合ったT女子大の女性とバカ話をしていたら、そんな話になった。
僕は当時、倫理学科の学生だった。
彼女の「すっごく美人」の友人が、僕の大学の倫理学科の学生と付き合っているというのだ。
「すっごく男前」だという。
倫理学科は、さほど大所帯ではない。
友人たちの顔を、ひとつひとつ思い浮かべてみる。
自分も含めて、「男前」と呼べるような顔はひとつもなかった。
変なやつや不気味なやつなら、いくらでも思い浮かぶのだが…。
人が誰と付き合っていようが、あまり興味はない。
そのときはそれきり話は終ってしまった。
次に彼女と会ったときもまた、その男前の話が出た。
義理で一応、訊ねてみた。
「そのイケメン君の名前は?」
「知らないけど、一度だけ見たことがある」
「どんな感じだった?
たとえばタレントの誰それに似てるとか…」
「石原裕次郎!」
ますます、わからなくなった。
裕次郎を髣髴させる友人など、誰一人思いつかない。
のみならず「裕次郎に似た男前」というイメージが、ひどく時代錯誤的に思えたからである。
当時裕次郎は、まだ健在ではあったが、20歳前後の娘が20歳前後の男に適用するモデルとしては、違和感がありすぎた。
真相はその後、ひょんなことから明らかとなった。
けっこう親しくしていたM君が自ら、T女子大の学生と結婚することを告げたのである。
M君だったとは!
もちろん思いもよらなかった。
しかし、言われてみると、なるほどとも思えた。
テレビなどで、裕次郎の若かりし日の映像を見ると、確かにM君に似ていなくもない。
特に、にこっと笑った腕白小僧のようなM君を、斜め前から見ると、一瞬、裕次郎その人と見紛うほどだった。
そのM君であるが、最新の情報によると今は、地方の女子短大で、日本文学だか思想史だかを講じているとのことだ。
さぞかし、もてる先生なんだろうな。