妄想
森鴎外の『妄想』を読んだのは中学生の時だった。
今読めば案外面白いのかもしれないが、当時はさすがに、あくびが出た。
つまらなかったから、内容はほとんど覚えていない。
ひとつだけ、しかし、はっきりと覚えていることがある。
『妄想』は「もうそう」ではなく、「もうぞう」だということだ。
国語の教師が授業で、得々と語っていたのであった。
「もうぞう」とか「もーぞー」とか言われると本当に、淫らで、猥りがましく、悍ましい気がしてくる。
私にぴったりだ。
さ行の、爽やかな響きに対して、ざ行の、濁った汚い響き。
そして、こちらは、もしかしたら、ごく個人的な感覚かも知れないが、臓物を連想させること。
このあたりが一因ではなかろうか。
うじゃうじゃと、ぬめぬめと、原色に蠢く臓物。
無数の原生動物ように犇めき合う、得体の知れぬものたち。
あるいは、魚やら水草やらが、どろどろに融けて、腐臭を放ち、瘴気を上げる底なしの沼…
その醜悪な混沌の中から、煌めく透明な珠を掬い上げ、救い上げるのが、私の仕事である。
そう思うことにしよう。
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