ストー家
怪しい奴だ。
露骨に怪しい。
正義感よりも好奇心で、探る、探る。
そんな自分は傍から見れば、もっと怪しく見えるかもしれない。
そいつは黒いジャージで、黒いマスクをして、黒縁の眼鏡を掛けている。
遠目には年齢不詳だが、怪しい男を演出しているかのような、普通の怪しさが、却って怪しい。
よくお巡りさんに職務質問される挙動不振の自分が言うのもなんだが、素人の挙動不審者にしか見えない。
繁華街だ。
その男(多分)は、物陰から顔を出したり引っ込めたりしている。
時々場所を替えては、亀みたいに、首を伸ばしたり縮めたり…。
僕はゆっくり歩きながら、その様を目で追っている。
すると、当の本人が、挙動不審な僕に気が付いて、歩み寄ってきた。
「どうしました?
もしかして、わたしが怪しい奴だと思ってらっしゃいますね?」
丁寧な口調だ。
慇懃無礼な感じや皮肉な調子は無い。
「い、いえ…」
「ごまかさなくても、結構ですよ。
確かに怪しい奴ですから。
ストーカーなんです」
「ストーカー?
だったら、警察に知らせた方がいいでしょうか?」
「どうぞどうぞ、ご自由に。
でも、自分はストーカーですなんて言うストーカーを、お巡りさんは信じるでしょうかねえ」
「そういえば、確かに…」
「まあ、ちょっと、わたしの話を聴いてみませんか。
好奇心がありありと、そのおめめに溢れているようですから…」
図星を指されて、男の言葉に従うことにした。
駅前の古い喫茶店、コパンに入る。
「わたくし、こういうもんです」
黒い名刺が差しだされた。
白抜き文字の横書きで、表には「ストー家」、裏は携帯番号だ。
「『ストーカ』って読むんですか?」
「その通りです。
わたし、プロのストーカーなんです」
「プロのストーカー?
そんなの需要あるんですか?」
「それが、あるんですよ。
構ってほしい人、いつでも注目されていたい人が、世の中には結構いるものでして。
昔で言うところの『追っかけ』になって差し上げる次第です」
「依頼を受けて、本人以外の相手をストーカーするってことは?」
「それは厳禁。
お断りしていますよ。
嫌がらせや脅迫の片棒を担ぐ気はありませんからね」
「24時間、片時も離れずに張り込んだりするんですか?
それじゃあ、身が持たないでしょう?」
「それがですね、実を言うと、その必要は無いんですよ。
しょっぱなをしっかり押さえてさえおけば、大丈夫なんです。
見張られてはいなくても、いつでもどこでも見張られているような気になってしまうわけですね。
あとは契約期間に応じて、適当に対処します。
一度になん件もこなすこともできますよ」
それから幾つか、個人情報に触れない範囲で、今まで受注した仕事の実例を話してくれた。
「では、仕事がありますから、この辺でぼちぼち失礼します。
もしご縁がありましたら、ご連絡くださいね」
ストー家はテーブルにコーヒー代を置いて、席を立った。
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