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マンホールマン

痩せたスキンヘッドの猫背男だ。
見掛けは格別目立つというほどではなかったが、挙動不審は否めなかった。

人通りの多い歩道で、その男は立ち止まっていた。
天を見上げて、目を閉じている。
そのまま動かない。
道行く人は、気味悪がって少し弧を描いて避けて行く。

好奇心に火の付いた僕は、道の脇に退いて、彼を観察していた。
変な人ではあるけれども、危ない人ではないと思った。

しばらくすると、男は歩き始める。
ゆっくりゆっくり、一日の激務に疲れ果てた人のように。

100メートルほど進んだだろうか、また立ち止まった。
今度は腕を組んで、じっと足元を見つめている。

そんな風に、歩いては止まってがさらに数回繰り返されたところで、僕ははたと気が付いた。
男が立ち止まるのは、必ずマンホールの上なのだ。

何かわけがあって、そう決めているとしか思えない。
例えば、疲れやすい体質で、歩くのもしんどいので、次のマンホールまでは休まずに頑張るとか。
あるいは、単にゲーム感覚でやっているのかもしれない。

僕にとっても人にとっても、とりわけ迷惑ということでもないのだから、放っておけば済むことなのだが、やはり気になって仕方が無かった。

清掃事務所の前で、男はまた立ち止まる。
もう我慢できなかった。
人見知りな僕には珍しく、声を掛けていた。

「すみません、つかぬことをお伺い致しますが、なにゆえにマンホールでお止まりになるのでしょうか?」

唐突に失礼なことを伺うのだから、丁寧に低姿勢にと意識したら、珍妙な日本語になっていた。

「充電です」

男は、ぶっきらぼうに答える。

「充電?」

「虚弱体質なもので、すぐエネルギーが切れちゃうんですよ。
で、出来る限り充電するようにしてるんです」

「マンホールに乗ると、充電できるんですか?」

「人のことはわかりませんが、自分の場合はそういうことになっています」

「はあ…」

それ以上問うても、納得できる情報は得られそうにないし、事の次第は一応分かったので、礼を言って立ち去ることにした。

その後は、そのマンホールマンを見かけることも無かったのだが、数日後に再会する。
駅前のイベント広場で立ち竦んでいるのは、紛れもなく彼だった。
スキンヘッドということもあって、パフォーマンスか何かと思っている人もいたかもしれないが、多くは見て見ぬふりをして通り過ぎていく。

近づいてよく見ると、男は剥製のように目を見開いたまま固まっていた。
僕は忽ち、事情を察した。
バッテリー切れだ。

硬直して冷たくなった男を抱えて、引きずるように近くのマンホールを目指す。
広場の隅には、いくつかのマンホールがあった記憶がある。
当てずっぽうで、その辺りに向かった。

幸い、すぐに見つかった。
男をその上に立たせるようにして支える。

効果はすぐに表れた。
ぬくもりと柔らかさが、少しずつ戻ってくる。

「あっ、もう大丈夫です。
お手をお離しください。
助かりました。
ありがとうございます。
考え事をしていて、ついうっかりしてしまったんです。
不覚でした。
自分は満タンになるまでしばらくここにおりますから、あなたの方は、どうぞお気遣いなく…」

「では、お言葉に甘えまして…」

お言葉に甘える必要など何もなかったのだが、つい相手のペースに合わせて、僕は徐に、恐縮して立ち去った。

その後、彼には一度も遭遇していない。
なんとかうまいことやっているのだろう。

ただひとつ、気がかりなことがある。
僕自身がどうやら、マンホールマンになりつつあるような気がするのだ。

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