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お神童

朝鮮人参のような、大きな根っこのお化けを担いだ面々が、静かに練り歩いている。
根っこのお化けは作り物のようだが、形や色はまちまちだ。
担ぎ手は皆、漆黒の長衣を頭からまとっている。
黒い闇が体型をぼかしているのではっきりしないが、老若男女が入り乱れているように見える。

人神様(にんじんさま)の例祭だ。

根之坪神社の祭神が人神様だ。
本堂の奥に祀られていて、そのお姿は、複雑に縺れ絡まった巨大な根っこのようだとされている。

観衆の中に、時計屋の鎌足さんを見つけたので、声を掛け、尋ねてみる。

「このお祭りって、毎年あるんですか?」

「4年に1回ですよ。
たこやまさんは、いつこちらへ?」

「3年ほど前になります。
ってことは、やっぱり、初めて目にするわけですよね」

「初めて見て、どんな印象でしょうか?
一部の物好きが、奇祭みたいなことを言って、ネタにしてるみたいだけど、まあ、知ってる人はあまりいませんよね。
ご覧のように、割と地味なお祭りですから、インスタ映えもしませんしねえ」

確かに、静かで地味な祭りだった。
ただ、気になることは多々あった。

「ご神体が根っこなのは、どうしてですか?」

「神さまは世界の根っこだからです。
単純明快でしょう?
実は、人神様は今なおご降臨されたままで、奥の院にいらっしゃいます」

「あんな根っこのようなお姿で?」

「多分そうだと思いますけど、わたしにはわかりません。
ほんの一部の選ばれた者しか、お姿を見ることはできないので…」

「そんな神官みたいな人が、いらっしゃるんですか?」

「神主とは別にいます。
しかも何人かね。
ところが、それがどこの誰で何人いるかは、一部の人しか知らないのです。
それがお神童です。
奥の院に入って、人神様に会えるのは、お神童だけで、神主ですら奥の院には足を踏み入れられません。
でね、4年に1度の例祭では、新しいお神童が選ばれるんですよ。
お神童は、現世での性別や年齢とは無関係です。
どんな人でも、選ばれる可能性があります。
今神輿を担いでいる人の中に、何人かのお神童がまじっています。
例祭の最後にお神童のみが集まって、ある儀式に則って、新しいお神童を選び出すのです。
現今のお神童が亡くなったり、この町から出て行ったりした場合の補充が中心になりますけど、特に厳格なルールがあるわけではありません」

「どうしてそんなに、お詳しいんですか?
もしかして鎌足さんは、お神童なのでは?」

「ははは…違いますよ。
まあ、仮にお神童だとしても、イエスとは言いませんけどね。
代々の時計屋ですから、それなりに地元の事情には詳しいわけでして…」

静かな黒い祭列を目で追いながら、鎌足さんの話を反芻しているうちに、僕の頭の奥の院で松明のように、明滅しながら近づいてくるものがあった。
その光の中には、無数の蛇が複雑に絡まって蠢いているような巨大な塊があった。
人神様だ…と確信した。

僕は思い出したのだ。
僕が1~2歳の頃、事情があって母は、僕とふたりだけでこの町に住んでいた。
それはほんの1年余りのことだったらしいが、間違いない事実だ。

幼い記憶が甦る。
黒ずくめの人たちに囲まれて僕は、暗い場所に連れていかれた。
そしてそこには、人神様がいた。

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