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蛇苺
「ヘビイチゴ、見ませんでした?」
道で突然、女性に声を掛けられた。
髪の長い、白くてスリムな女性だ。
不健康とまではいかないが、低血圧っぽい青白い顔をしている。
なんとなく怖いので、逃げもせず、余計なことも言わず、誠実に対応することにする。
「今年はまだ、見ていません。
この辺では、結構よく見かけるんですけどね」
「では、見つけたら知らせてください」
「はい、承知しました」
とは言ったものの、具体的にどうやって知らせたらよいのだ?
問う前にもう、彼女は遠ざかっていた。
追って訊ねるほど暇ではないし、そんな勇気もない。
僕もそこを立ち去って、自分の目的地に向かう。
歩き出すや、時を移さず、道端に赤い小さな実を見つけた。
紛れもなく、ヘビイチゴだった。
考える前に体が反応して、僕は咄嗟に道を駆け戻る。
彼女と遭遇した場所まで来ると、彼女の去った方向へ走る。
時間が余り経っていないのと、彼女の歩く速度が速くはなかったのが幸いした。
無事彼女に追い付くことができた。
こんなに本気で走ったことは、最近無い。
息が上がっていた。
「あっ、ありました。
すぐそこです」
発見場所までの道案内は慌てる必要もなかったので、彼女の歩調に合わせることにした。
特に急いでいる風には見えず、ゆったり落ち着いた様子だ。
彼女は何も言わなかったので、僕も黙って歩いた。
現場に着くと念のため改めて確認した。
ヘビイチゴは確かにあった。
よかった。
実を数えると、5~6個はある。
「ありがとうございます」
彼女は静かに礼を言う。
微かに微笑んだが、どこか冷たい笑いだった。
爬虫類めいたとでも言おうか。
それから徐にしゃがみ込むと、実をひとつだけ摘んで立ち上がる。
僕の目の前で口の中に入れ、にこっとした。
前よりは嬉しそうな笑いだったが、前よりも凍り付いた笑いだった。
そういえば、彼女がしゃがみ込んだ時、うなじに鱗のようなもが垣間見えた気がした。
もしかしたら、刺青だったのかもしれないが、何かそういうものが見えたことは間違いなかった。