北九州市立大学の発展

前回は

市立北九州大学へ

 私立大学もびっくりする手法で、無事に新制大学になった小倉市立北九州外国語大学ですが、昭和26年には外国語学部に夜間短大部として英語商業科を増設します。そして、短大の商業部門を元に、昭和28年に商学部を増設して、小倉市立北九州大学となります。

 その後、小倉市を含めた近隣の五市の合併によって、関西以西初の政令指定都市である北九州市が成立する事で、北九州市立北九州大学に改称し、北九州市の発展に合わせて外国語学部の英文学部門を分離し文学部、商学部の法律部門を分離し法学部を設置し、夜間部への需要が高かった地域性から、それぞれに夜間部を併設します。また、それぞれの学部に修士課程の大学院を設立して、文系総合大学としての地位を固めていきます。公立大学らしからぬ拡張ぶりです。当時は北九州市が合併によって更に発展を続けていた故に行えた施策だったと思います。

北九州市立大学へ

 昭和50年代を境に、北九州市の工業都市としての地位が低下し、商業都市だった福岡市との格差が広がる事になります。

 北九州市から福岡市への人口の移動も進み、それを打開する為にも、北九州市立北九州大学には若年人口の定着という命題が課せられます。平成に入ると、文系学部を整理して、外国語学部・経済学部・文学部・法学部の構成となります。

 平成13年には、北九州市立大学に改称すると共に、文系学部のある小倉南区から離れた、八幡西区と若松区の境にあたる市の西部に、初の理系学部となる国際環境工学部・大学院国際環境工学研究科を設立します。

 国立九州工業大学大学院生命体工学研究科と早稲田大学大学院情報生産システム研究科と同じ敷地に立地する事で、理系中心の大規模な学術研究都市という、北九州市の伝統であるものづくりを研究する街を創り出しました。

 平成14年には、文系学部の博士課程として社会システム研究科(博士後期)を設立し、平成20年には、文系の大学院研究科を統合して、社会システム研究科(博士前期)とします。平成21年には各学部の夜間部を廃止して、地域創生学群という昼夜開講制の独立した学部のようなものを設立します。

 文系については、学部の分立はそのままで、大学院と夜間部を大学院社会システム研究科と地域創生学群に統合する事で、学際研究にも対応した体制を整えました。また、夜間部の高度化の一環として、平成19年に大学院専門職学位課程マネジメント研究科(MBA)を開設しました。

大学の街への恩返し

 廃校の危機にまであった大学が、道府県庁所在市以外では最大の公立大学にまで成長しました。北九州市は、福岡市の繁栄に反比例して人口減少が続いています。初期は市から救われた北九州市立大学が、今では逆に人口減少の進む市を救う立場に変わっています。鶴の恩返しならぬ、大学の恩返しなのかもしれません。


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たこま
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