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【わたしを見てください〜Look at me〜】

短大を卒業した18年前の僕は特段やりたい事も、
なりたい者も無く、
短大のコネクションを大いに活用して
地元のホテルへ就職した。
面接の際、支配人から唐突に問題を出された。

『君はホテルマンにとって一番大切な事が
何か分かるかね?』


分かる訳がない。ホテルマンになろうと思った事
など一度も無いし、そもそもホテルマンって
何するんだろう? くらい能天気な態度で
僕はそこに座って居たのだから。

「お客様に気持ち良く過ごして
いただく心配りでしょうか?」


それっぽい回答をしてみたが
支配人は眉間に皺を寄せて顔を曇らせた。
どうやら随分明後日の答えだった様だ。
じゃあ一体、ホテルマンに必要なモノとは
何だと言うのだろう。逆に気になり始めた頃
怒気が混じった声で支配人は言い放った。

『客を如何に効率的に回すかという事だよ』

呆気に取られている僕に向かって支配人は
追い打ちをかける。

『忘れない様に復唱したまえ』

僕は一週間後、水疱瘡になってぶっ倒れた。
思えばこれは社会への最初の拒絶反応だった。

10年後、僕はコールセンターで鳴り止まない
電話を取り続けて居た。

沢山のクレームが来るが総括すると

『金返せ』と『時間返せ』である。

現代社会において「コスパ」と「タイパ」
は最重要事項の様だ。
「損をさせられた」「待たされた」
「受けられる筈のサービスが受けられていなかった」
こういった事はお客様にとって死活問題らしい。
怒声と悲哀と愚痴の波状攻撃が始まる。

『大体、クレーム言うにも一時間
待たされるってのはどういう事なんだ、

ええ??

誰のせいでこんなに電話が混んでるんだ?!』


あなたです。

電話機の待ち呼が爆発しそうな程
点滅している。

絶え間なく続く咆哮を聴きながら
この50代男性と思われるお客様の真のニーズを
考えて居た。

『俺を無視するな、俺はここに居る』

確かにそう聴こえた。

色んな職種を経験して来たが
お客様の文句の裏には必ずコレがひょっこり
顔を出していた。

人は機械ではない。数でも実績でもない。
確かにそこに存在する尊い『命』だ。

過剰なサービスを支える為に撲殺された我々は
人を人とも認知出来なくなった。

皆の声が聴こえてくる。

『わたしを見てください』

人をちゃんと見る。

ホームで電車を待っていると
前に並んでいた知らない母親が
その娘の頭を手に持っていたペットボトルで
思いっ切りぶった。

『静かにしなさいって言ったでしょ!』

人をちゃんと見る。
そうしないとこの世界は壊れるだろう。








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