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【人がほんとうに死ぬのは忘れられた時である】
ディズニー映画『リメンバー・ミー』における
教訓です。
コレ、何もその相手が死んでいるという事が
限定の話ではないんです。
死んだ人が忘れられたら
その時がほんとうにその死んだ人の
死ぬ時だ、…みたいな事とは限らない。
極端な話、毎日会っている人でも
あなたがその人の事を忘れているのなら…
どう書けば伝わるか難しいですが
真の意味で見ていないのであれば
向き合っていないのであれば
忘れているも同然という状態であるのならば
その相手はあなたにとって
死んでいるも同然なのです。
これは自分で書いておいて諸刃の剣というか
特大ブーメランを受けている様な気持ちにも
なるんですが…
SNSなんてまさにそうなんですよね。
ある時、ふと誰かにフォローされた。
僕はその人のページへ飛んでいって
ザッ、と主張を読んだり見たりして
よほど『…ん?』と思わなければ
結構な確率でフォロー返ししたりします。
しかし、フォローした後も
継続的にその人の投稿を追ったり
いいねしたり応援したりしているか
というと
そうでもなかったりする事は多いです。
ただ、もうこれは反省も何もないというか。
僕はある意味仕方ないと割り切って居ます。
僕自身も自分自身のコンテンツや文章を
生み出すのに集中して居ますし
他の仕事や生活もある。
そんな中で、ふとフォローされた人を
ずっと覚えていて
何となくでも意識の中に留めておくという事。
それが出来ているかというと
出来て居ないです。
ただ、果たしてコレを仕方ない、で
終わらせて良いのか?
僕は現実世界(リアル)でしたら
人を忘れない事、
ほんとうの意味で見続ける事について
割と徹底して居ますし、自信があります。
でも、バーチャルの世界においては
ハッキリ言ってほとんど出来ていない。
フォロー返しをしたって
フォロー/フォロワーの数字がピコンと
一つずつ増えるだけであって
それ以降、相手の投稿を一切見なかったり
何の反応もしなければ
その人は僕の世界では死んでいるも
同然なんです。忘れていますからね。
一度でもリアルで会ったりすれば
話はもう少し違うかも知れませんが。
結局、自分がそういう意識である限り
それは相手にとっても同じ事で
お互いに数字がひとつ増えただけの
関係性でしかない訳です。
推しも推されもしない。
僕が一番嫌いな『人を数で見る事』。
無意識にそれに加担してしまっている行為
なのかも知れません。
僕は霜降り明星の『粗品』さんが好きです。
彼は彼自身のお笑いライブ
『電池の切れかけた蟹』(通称:電蟹)
において
【太客としゃべろう】というコーナーを
展開しています。
スパチャで一万円以上課金してくれた
お客さん(通称:太客)に対して
ライブ内で少しの間、話をするという
コーナーです。
粗品さんはいつもかなりの確率で
相手の事を認知して居ます。
いくら課金してくれているからといって
随分、詳細に相手の事を把握し続けている
というのは恐ろしい程すごいと思って
これ系の動画が挙がる度に驚愕して観ています。
YouTuber系で言えばヒカルさんなんかも
何でもかんでも観てるし記憶している事が
伝わって来ますね。
彼らが推される理由が分かる気がします。
前述しましたが、僕もリアルでは自信ありますが
SNSだとまだまだ全然です。
まぁ、ただ、粗品さんやヒカルさんくらいの
レベルになると
永遠にスマホ観てるんだろうなぁ、とは
思いますけどね(笑)
コメント全部読んで、いいね付けて
コメントして、…を徹底的にして、みたいな。
誰か代わりの人にやってもらっていたら
出来ない芸当ですからね。
ちゃんと全部自分で把握して
理解して、認知してってやらないと
絶対【太客としゃべろう】なんてコーナーは
成り立ちません。
頭が下がります、ホント。
せいぜい僕がやっている事とすれば
例えばYouTubeで言えば
観た動画には取り敢えず内容がどうとか
一切関係なく全部、無条件で『いいね』してます。
どんな動画であれ、クリエイターの人が
苦労して時間作って挙げた作品ですからね。
このnote でも読んだ記事には
内容はどうであれ全部『ハート』押してます。
因みに低評価ボタンを押した事は
人生で一度もありません。
あくまで僕の意見ですが
低評価ボタン押すくらいなら
何も押さずにブラウザバックすればいいっていう。
どんな内容であれ
コンテンツを作るのって大変ですからね。
自分でも結構やって来ているので
そういうのは分かりますから。
わざわざ低評価やアンチコメントや
注意コメントなんかする必要はないかなって。
僕はそういうスタンスというだけです。
それで、人を忘れないというか
ちゃんと認知している事になっているかは
分かりませんが。
マザー・テレサの名言 『愛の反対は無関心』
少なくとも目の前にいる人を
毎日の様に顔を合わせる人を
昔からの知り合いを
(自分の世界において)死なせたく
ないな、とは思ってます。
勿論、自分に酷い事をして来る人なんかは
忘れてもいいと思いますけどね。
…..
この記事、もしかすると昔からの知り合いが
読んでくれているかも知れないけどね。
お前の事、忘れてないぜ。
かっこつける訳じゃないけど
この記事まで辿り着いている奴なら
僕はお前の事、忘れてない自信がある。
今回は以上です。
ありがとうございます。