
自分軸。「虚栄心」と「自分のシアワセ」を考えてみた
宅建ダイナマイト合格スクールのおーさわ校長です。
こないだ断捨離したばっかりなんだけど、昨日、また本をいっぱい買っちゃいました。
でね、一昨日(令和7年2月18日・火)の読売新聞の記事で紹介されていた本が気になったので、さっそくその本も。

服を買え買えといっていた人が、なんと、な、な、なんと。
なるほどねー。
まだ途中なんだけど、めっちゃおもしろいっす。
キーワードは「自分軸」っすね。
自分が心地よいかどうかで決める。
他人の視点は不要だ。
いままでどんだけ、他人の目に振り回されてきたことか。
そんで帯がね、本の裏側の。
引用しますと。
たとえ、一生のものでも、思い出があっても!
●縁が切れた服
●他人軸の服
●心地よくない服
は捨てよう。
この「服」は「男」でもいいかも。
あは〜\(^o^)/
・・・って、笑ってる場合じゃないかも
家の中で埃をかぶっていたネイル
そもそも彼女もお仕事は「ファッション誌を作る人」だったそうです。〈そう、私はみなさんにずっと「服を買え!買え!」と言ってきた人間です〉と。
そんな彼女にいったいなにが起こったかというと。
発端は遊び半分。
使いかけのマニキュアをメルカリで売った、ということらしい。
とりあえずやってみるか。ふと目に留まったのは、家の中で埃をかぶっていたネイルです。残量は半分以上あるけど、もう古いものだしなぁ。でも出品してみたら、3分も経たないうちに売れたんです。
「はぇ?」
衝撃でした。私にとってはどうでもいいものが高値で、瞬殺で売れた・・・!
次にまたネイルを出品したら、これも瞬時に。
楽しくなったみたいで、次は高級ブランドの靴を。
有名ブランドと人気アーティストのコラボモデルで高値で売れるにちがいない。
そんなわけでウキウキしながら出品するものの。
・・・まったく!!
そのとき私にとって「価値のあるもの」が、世間でからすれば「どうでもいいもの」。あんなに夢中で買いに走った私は一体なんだったんだろう?
それから彼女はどうしたか。
どうぞみなさんも続きを読んでみてくださいね。
「足るを知る」賢い人になってしまった
彼女は「はじめに」でこう書いてます。
「おしゃれになりたい」の裏側にあった、自信のない私。欠けている意識が強く、足りない何かを洋服で埋めることに必死だった自分。洋服が好きすぎて見えなくなっていた、自分の本当の姿がありました。
P.47の「私のクローゼットに他人がいっぱい」という章で〈(服を〉買うときは他人の目を意識〉して〈きちんとした人に見られたい〉〈できる人に見られたい〉〈おしゃれな人に見られたい〉〈あの人素敵よねって思われたい〉と。
〈他人に「いいね」と言ってもらうための服がほとんど〉だったそうです。
そんな彼女は、懺悔的にこんなふうにもお書きになってます。
長らく私は洋服を売る立場にいて、たくさんの情報を発信してきました。それが人々を迷わせ、焦らせ、洋服がないと素敵になれないと、苦しませているのではないだろうか。私自身、ファッションはこうあらねば」というルールが骨の髄まで染みついていて(以下略)。
かくして彼女は古代中国の思想家である老子の「足るを知る」という境地に至ったようで、以後、シアワセな日々を送っているようです。
でもね。
全員が全員、足るを知るになっちゃうと、経済がやばいかも。
みんな虚栄心がなくなっちゃったりしたら・・・!!
「虚栄心が自分を苦しめている」ということに気づいちゃった人はしかたないとしても、そのほかのみなさんには、存分に「虚栄心=他人からの評価」からの消費活動を盛大にお願いしたいところです。
それはどういうことかといいますと。
ではここで、18世紀にご活躍のアダム・スミス先生にご登場いただきましょう。
アダム・スミスの道徳感情論
前々から読んでみようと思ってましたので、ついでにいっしょに買いました。
虚栄心について研究してみようかと。
虚栄心こそが経済発展の原動力でもあります。
経済はどのような仕組みで発展するのか、については、こうだ。
「野心と経済発展」という章。P.85より引用します。
経済を発展させるのは「弱い人」、あるいは私たちの中にある「弱さ」である。「弱い人」は、最低の水準の富をもっていてもより多くの富を獲得して、より幸福な人生を送ろうと考える。そのような野心は幻想でしかなく、個人の幸福の程度は、富の増加の後と前で、ほとんど変わらないので、「弱い人」はだまされることになる。しかしながらスミスは、そのような「欺瞞」が経済を発展させ、社会を文明化する原動力になると考える。
(このようにして)我々をだますことは良いことである。人類の勤労をかき立て、継続的に運動させるのは、この欺瞞である。
要は無駄使いさせろと。
まわりに物がいっぱいあってもちっともシアワセにはならないんだけど、それはそれとして、経済発展のためには「足るを知る」では困ると。
そんで。
この「弱い人」は虚栄心のかたまりでもある。
「弱い人」になぜ「あふれる物(冨)」が必要かと言うと、アダム・スミスいわく「みせびらかすため」だとか。
・・・スミスちゃんよ、身も蓋もねーじゃんよ(笑)。
本書にもこのような記述がある。P.73から引用します。
もしも私たちが、無人島に一人で暮らすならば、私たちは綺麗な服を着たい、立派な家に住みたい、あるいは豪華な食事をとりたいとは思わないだろう。身を守る服、寒さや雨露をしのぐ家、健康を維持する食事があれば、あとは働かないで気楽に暮らしたいと思うであろう。他人の目がなければ、綺麗な服も、立派な家も、豪華な食事も、私たちにとって大きな意味をもたないのである。
あー、すみません、それじゃちょっと困るんで。
なにが困るって、経済成長ですよ。
大量生産、大量消費でいままでやってきたわけなんで、ダメですよそんなことじゃ。
はい、だいじょうぶ。
そこは人間だものあいだみつを、ちゃんとできてる。
人間関係でたっぷり苦しみます。
つまりは、他人の目だ。
われわれは他人に「自分のシアワセ」をみせびらかしたいのである。
他人の目があるかぎり、われわれは自己の虚栄心をメラメラ燃やす。
なので、冨や地位、名誉を求める。
いいね、が欲しい。
たまらなく、欲しい。
「いいね」があれば、死んでもいい。
つまり、スミスちゃんの言葉を借りれば「冨と地位への「野心」(ambition)」をもつのは、それをもっている自分をみせびらかすため」で「他人からの同感や称賛、あるいは尊敬や感嘆のため」だと。
アダム・スミスはこのような野心の動機を「虚栄(vanity)」と呼んでいる。
では経済はどのように発展していくか。
〈(虚栄心をもつことによって)人間は、勤勉に働き、技能を磨き、収入を節約〉して、結果、どどーんと他人にみせびらかすために無駄遣いだ。
かくして、〈個人は、文明社会の発展に貢献したいという公共心に基づいて活動するわけではなく、自分のために冨と地位を求めるに過ぎないのだが、知らず知らずのうちに、社会の繁栄を推し進めるのである〉というわけだ。
で、これをこのままやっているのが、我々の日々、いうなれば利益至上主義の「電通(的なもの)」だ。
今日も電通(的なもの)はいろんな刺激を与えて「弱い人」を消費に向かわせています。
おかげでわれわれは経済的繁栄を手に入れたわけだ。
ありがとう電通(的なもの)。
ありがとうみんなの虚栄心。
そんなわけで、自分軸での「足るを知る」という生活スタイルだとシアワセになるものの、国民全員がこれをしてしまいますと、つまり、全員がシアワセを求めちゃうと、今度はみんなが困るというわけだ。
こういうのを合成の誤謬(「ごびゅう」と読む)といいますよね。
なので、ある意味、この本がベストセラーになりませんように。
みなさんが気づきませんように(笑)
ということで、今回は「虚栄心が世界を救う」をテーマにお届けしました(笑)
【今回わかったこと(謎のゴロあわせ)】
さぁみんな、虚栄でキョエ〜\(^o^)/
いいなと思ったら応援しよう!
