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【ケアマネジャーが解説】認知症の「物盗られ妄想」と24時間ケアの現状と対策



認知症介護の代表的な症状である「物盗られ妄想」。24時間ケアが必要な場合、家族の負担は想像以上に大きいです。ケアマネジャー視点で対応策や支援サービスを詳しく解説します。


1. はじめに:認知症介護の現場で起こる実態

認知症の症状は多岐にわたりますが、なかでも家族が大きなストレスを感じやすいのが「物盗られ妄想」です。財布や通帳の所在が分からないとき、「誰かが盗んだ」と思い込むこの妄想は、家族に対する疑念へと発展しやすいため、日常生活の中でトラブルが絶えません。また、症状の進行によって夜間の徘徊や昼夜逆転が起こると、24時間体制のケアが必要になり、家族の負担は一気に増大します。

ケアマネジャーとして、こうした状況を目の当たりにするたび、「家族だけで抱えるのは非常に厳しい」と感じます。介護保険サービスの仕組みをうまく活用しつつ、テクノロジーや地域資源を組み合わせることが求められています。


2. 「物盗られ妄想」の原因と背景

海馬の機能障害による記憶の混乱

認知症(アルツハイマー型)では、海馬と呼ばれる脳領域が障害を受けるため、新しい出来事を覚えられなくなります。本人が財布を仕舞った記憶自体が抜け落ちてしまい、「どこかに置いた」という発想に至れなくなるため、「盗まれた」という単純な結論に飛びつきやすいのです。

前頭前皮質の萎縮と推論力低下

前頭前皮質が萎縮すると論理的思考や状況分析が困難になり、「自分でどこかに動かした可能性」といった別の推論を立てにくくなります。結果として、「盗難」という思い込みから抜け出せない悪循環が生まれます。

社会的役割喪失による不安と自己防衛

退職や配偶者の死別など、連続的な喪失体験を通じて生まれる不安感が、妄想をより強固にするケースも少なくありません。自分の置かれた状況を防衛するために、周囲を疑う思考パターンが固定化されるのです。


3. 24時間対応介護で家族にのしかかる重圧

身体的負担:慢性腰痛や睡眠不足

認知症が進行し寝たきり状態になると、1日平均11.2時間もの直接介護が必要とされるとのデータがあります。移乗やオムツ交換などの身体介助により、介護者自身が慢性的な腰痛に悩まされることも多いです。さらに、夜間の徘徊や興奮状態に対応するために睡眠が分断されることで、家族が深刻な睡眠不足に陥るケースが後を絶ちません。

精神的負担:孤立感とストレス増大

夜間を含めた24時間体制の介護が続くと、仕事を辞めざるを得なくなったり、外出すらままならなくなったりして、社会的に孤立しがちです。SNSや友人とのコミュニケーションが断たれ、「介護以外の話題が理解できない」という疎外感に悩む人も少なくありません。結果として、うつ状態虐待リスクの増加につながる深刻な問題となります。


4. 「物盗られ妄想」への効果的対応策

認知行動療法的アプローチ

まずは「盗られたわけではない」と否定せず、患者の感情に寄り添うことが重要です。「○○がないと不安ですよね。一緒に探しましょう」と声をかけ、探索行動を共有することで現実検討を促します。その後、妄想が少し落ち着いてきたら、話題を切り替えることで過度な不安を和らげる工夫も効果的です。

環境整備による誘発要因の排除

  • 透明な収納ボックスを使って見える化

  • ラベル貼りによる定位置管理

  • RFIDタグやGPS付きの貴重品トレーサーで所在を把握

これらの工夫によって、物の所在不明を防ぐとともに、患者本人の自尊心を守る効果があります。管理システムは一方的に押し付けるのではなく、「ここに入れておけば安心」と本人に納得してもらう形で導入するのがポイントです。

薬物療法と非薬物療法の併用

抗精神病薬(リスパダールなど)の少量投与で妄想の頻度・強度が低減するケースもあります。ただし、副作用リスクがあるため、医師の指示を仰ぎながら慎重に進める必要があります。一方、回想法やアロマセラピー、音楽療法などの非薬物療法を組み合わせることで、不安感や混乱を和らげ、妄想症状を緩和できる可能性があります。


5. 家族介護者が利用できる支援サービス

レスパイトケア(ショートステイ)の活用

週末だけ、あるいは夜間だけショートステイを利用することで、家族介護者が数日間でもしっかり休息を取れる環境を整えることができます。ショートステイを活用することで、介護者の精神的・身体的負担が軽減されるというデータがあります。ただし、地域によっては空きが少ない、本人が拒否するなど利用が難しい現状もあるため、事前の情報収集や根気強い調整が必要です。

定期巡回・随時対応型訪問介護看護

介護保険の定期巡回サービスを利用すれば、夜間でも必要に応じてヘルパーや看護師が対応してくれる場合があります。夜間のトラブルが多い在宅介護では非常に心強いサービスですが、まだ対応している事業所が少なく、導入にはハードルがあるのが実情です。

地域包括支援センター・ピアサポート

地域包括支援センターでは、ケアマネジャー、精神科医、ソーシャルワーカーが連携して支援してくれる体制を整えている自治体もあります。また、同じ立場の家族介護者同士で情報交換ができる家族会やSNSコミュニティに参加することで、孤立感が大幅に軽減されることが報告されています。


6. テクノロジー活用と新たな可能性

AI・VRを使ったリスク予測とトレーニング

ウェアラブルデバイスで取得した心拍数や睡眠データをAIが解析し、介護者が限界に達する前に「要注意」アラートを出すシステムが実用化されています555。また、VRによる介護シミュレーターで「物盗られ妄想」に対する対処を疑似体験し、実践力を高める研修を行う施設も増えています。

在宅見守りシステムやブロックチェーンでの情報共有

  • センサー技術カメラで徘徊や夜間の離床を察知する見守りシステム

  • 医療・介護機関がブロックチェーンを通じて個人情報を安全にやり取りするプラットフォーム

これらの導入で、家族の負担軽減ケアの質向上の両立が期待されています。


7. ケアマネジャー視点からのまとめ:自宅介護と施設のバランスを考える

認知症が進行し「物盗られ妄想」や24時間ケアが必要になると、家族介護だけで乗り切るのは限界があります。介護サービスやテクノロジーを活用しても、症状や家族の状況によってはどうしても難しくなる段階が来ることも事実です。その際には、施設入所を選択肢として検討することは決して「介護放棄」ではなく、共倒れを防ぐための大切な判断です。

ケアマネジャーとしては、どの段階でどのようなサービスを組み合わせるか、家族の希望を第一に考えながらも、適切な情報提供と支援を行う必要があります。地域包括支援センターや各種相談窓口を活用し、家族だけで抱え込まない仕組みを整えることが、結果的に本人のQOL向上にもつながるのです。

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