大木式土器の変貌(4) 縄文前期の大木式
関東に住む筆者にとって、縄文時代前期の大木式土器は遠い存在でした。
縄文中期の大木8a式や8b式土器、大木系の七郎内Ⅱ群土器などは北関東でも良く見かけるのですが、前期の大木式、特に大木1~5式となるとほとんど見る機会がありません。かろうじて、茨城県のひたちなか市埋蔵文化財調査センターで展示されていた、大木4~6式の破片と大木4式の深鉢を見たことがある程度でした。
先日、宮城県七ヶ浜町の七ヶ浜町歴史資料館、同多賀城市の東北歴史博物館、福島県南相馬市の南相馬市博物館をはしごして来ました。それぞれの企画展「見てみて!七ヶ浜の縄文」「仙台湾の貝塚-縄文人のよそおい・くらし・いのりー」「縄文みなみそうま」を見学し、前期の大木式土器をまとめて見ることができました。大木式土器の前半の変遷について、ぼんやりながら一応ある程度のイメージを掴めましたので、本稿でご紹介します。
七ヶ浜町歴史資料館は、さすがに大木式という土器型式の発祥の地である大木囲貝塚の本家本元だけあって、資料館パンフレットに大木式各段階の特徴の分かりやすい解説が載っていました。これを引用させて頂きながら、説明を試みたいと思います。
大木1式
前期前半の大木1式~3式は繊維土器です。図2の左は大木1式の深鉢の一部で、植物の繊維や動物の毛などを混ぜ込んだ粘土を使って作られています。土器を焼くとき繊維自体は燃えてしまいますが、繊維の痕跡が筋状に残ります。そのために破片の断面が黒味を帯びています。図2の右は大木1式土器の破片で、羽状縄文が確認できます。
「土器の全面に右撚りと左撚りの縄を組み合わせて横方向に転がした羽状縄文がほどこされています。早期の土器とは異なり、底部は平底になっています。」(パネル説明)
図3右は左の深鉢の器面の拡大です。横矢印(←)の高さで撚りの向きが反対の縄を繋いで横転がしすることで、羽状縄文を作り出しています。また縦矢印(↓)の位置でも撚りの向きを逆転する(おそらく縄を持ち替える)ことで、菱形や✕字形の文様としています。
大木1式と同じ縄文前期前半には、関東でも花積下層式や関山式などの羽状縄文を特徴とする土器が広く分布していました。大木1式は関山式に対応すると位置づけられています。南相馬市博物館では、図3の土器と一緒に、同じ宮田貝塚から出土した花積下層式の深鉢も展示されていました。大木1式と他地域の羽状縄文系の土器との関係も気になるところです。
大木2式
大木2式は関東の黒浜式土器と並行の時期と考えられています。図4のNo.29の破片には羽状縄文が見られるようです。縄文もNo.36のように特殊な縄を用いたり、縄文だけでなく色々な道具を用いて器面に文様を描いています。
図5左の土器は縄文では付けられない木目のような文様が施されています。これは木の棒に紐を巻いた道具を表面に転がして付けた撚糸文です。
大木3式
図6のNo.38やNo.39には竹の先端で突いた丸い竹管文が見られます。
図8右の土器には平行に走る刻みの間に小さな凹みが散らばった独特の文様があります。これと似た文様に、軸となる縄の周りに別の細い縄を巻き付けた付加条による文様があります。ただしこれは単に縄文の上からへらで沈線を引いたようでもあり、判別がつきませんでした。
大木4式・5式
大木4式と5式は、粘土紐を使って装飾を行うという特徴が共通しています。縄文を施文した面に粘土紐を貼り付け、少し押しつぶして平らにしています。縁をなでて台形や三角形の断面にする処理は行っていません。
粘土紐は単純な波状の繰り返しだけでなく、図10右のように格子状や波状を組み合わせて比較的複雑な模様を描くものが特徴的です。図10左の破片は上端に太くて短い波状の突起があり、大木5式であることが分かります。
図11は、頸部がくびれて胴部が膨らむ器形の大木4式の深鉢です。やや太い粘土紐で菱形が連なる文様を付けています。
図12は、正面と側面に粘土紐の装飾を付けた、大木4式の楕円形深鉢です。正面のやや太い粘土紐の文様は、人体文のようにも思えます。側面は格子文を組み合わせて紋章のような図形を描いています。いずれも粘土紐の周りに沈線を引いて輪郭をはっきりさせています。
いかにも大木5式らしい、太いギザギザの突起が口縁に付いた深鉢です。頸部に細い粘土紐の文様も付けられています。図12・図13はそれぞれ大木4式・5式の代表的な土器のようで、七ヶ浜町歴史資料館のパンフレットにも写真が掲載されていました。
「口縁部に粘土をつぎ足してはり、分厚くしています。その直下に竹を割ったような施文具で鋸歯状の文様が描かれ、コブ状の粘土のはりつけもみられます。粘土をはりつける技法が出現するのはこの頃からです。」(パネル説明)
粘土紐の貼り付けはありませんが、これも大木5式です。文献[2][3]によると、図13のような太いギザギザの突起を持つのは、大木5式のうちでも時代が古い大木5a式で、図14のように朝顔形で厚みのある口縁に鋸歯状の刻みがあるのは、より新しい大木5b式とされているようです。
「全面に縄文だけがほどこされた、この時期には珍しい胴長タイプの土器です。口縁部にコブ状の粘土をはりつけた突起がみられます。」(パネル説明)
もはやこのあたりになると、何を手がかりとして大木5式としているのか、ちょっと分かりません。
大木6式
大木4・5式は関東の土器では諸磯式、大木6式は十三菩提式に対応するそうです。大木5式と6式の間にはかなり大きな変化があると思いました。
左は金魚鉢のような球胴形、右は細長い長胴形です。文献[2][3]によると、大木6式の中でも時代によって変化があるそうです。最初は球胴形と長胴形の区別があいまいだったものが分化し、後の時代になると球胴形は球体の部分がせり上がって円筒部が長くなる傾向が見られます。また東北南部と北部での変化にも違いがあり、文様の構成も異なるとのことです。
図17左の土器は、山内清男(1902~1970)が発掘した大木式土器編年基準資料の一つです。この土器は文献[4]に詳しく説明されています。
ついでに、福島県立歴史博物館の企画展「縄文DX」で見た、会津の法正尻遺跡の大木6式深鉢も、図18に示します。この土器も球胴形です。
大木式土器編年基準資料
七ヶ浜町歴史資料館の企画展では、図17左の土器だけでなく、東北大学が所蔵する大木4式から10式までの大木式土器編年基準資料がすべて展示されていました。土器の「編年」について資料館のパンフレットに簡潔に説明されています。
現在行われる縄文遺跡の調査は、出土物の地中での層の深さを明らかにして時間的に順序付ける層位的な発掘と、土器の形と文様から系統を定める型式学的検討の二本柱で行われています。こうした縄文土器研究の大きな枠組みを作り上げたのが山内清男です。大木式土器編年基準資料は、山内が1928~29年の大木囲貝塚の調査で、この方法論を実践して大木式土器を設定した際の貴重な資料です。
資料のほとんどは図19のような破片です。大木4式は5個、5式は6個、6式は5個だけです。数は少ないですが、山内が考える限りの各段階の特徴を網羅した、選りすぐりの破片なのだと思います。これらを核として、多くの後続の研究者が各地の遺跡の発掘調査で出土した新たな資料を蓄積・整理し、議論を重ねて組み上げてきたのが、現在の大木式土器の編年と言えるでしょう。
まとめ
宮城と福島の三つの博物館で、縄文時代前期の大木式土器、大木1式~6式の特徴を確かめました。このシリーズの記事も大木1式から10式までどうにかコンプリートすることができました。
今回は、南東北で羽状縄文を見たら大木1式を疑ってみるとか、粘土紐を使った4式・5式の典型的なタイプは割合に見分けやすい癖があるということを学びました。かと言って最初の図1の破片を出されて何式?と訊かれても、まだ判る気は全然しないのですが…
七ヶ浜町歴史資料館、東北歴史博物館、南相馬市博物館の皆様に深く感謝いたします。
最後までお付き合い頂き、どうもありがとうございました。
参考文献
[1] 七ヶ浜町歴史資料館パンフレット (2020)
[2] 今村啓爾「大木 6 式土器の諸系統と変遷過程」東京大学考古学研究室研究紀要, 20, 37-69 (2006).
[3] 小林圭一「宮城県七ヶ宿町小梁川遺跡出土の大木6式土器」公益財団法人山形県埋蔵文化財センター研究紀要, 21-50 (2016)
[4] 早瀬亮介・菅野智則・須藤 隆「東北大学文学研究科 考古学陳列館所蔵大木囲貝塚出土基準資料 : 山内清男編年基準資料」Bulletin of the Tohoku University Museum, 5, 1-40 (2006)
七ヶ浜町歴史資料館
宮城県宮城郡七ヶ浜町境山二丁目1番12号
企画展「見てみて!七ヶ浜の縄文」
開催期間:令和6年10月5日~令和7年1月26日
開館時間:午前9時~午後4時
休館日:毎週月曜日(月曜日が休日の場合は翌日)
入館料:無料
東北歴史博物館
宮城県多賀城市高崎1-22-1
テーマ展示「仙台湾の貝塚-縄文人のよそおい・くらし・いのりー」
開催期間:令和6年9月3日~令和7年2月2日
開館時間:午前9時30分~午後5時(発券は午後4時30分まで)
休館日:毎週月曜日 (祝・休日の場合はその翌平日)、年末年始 (12月29日から1月4日まで)
常設展:一般460円 小・中・高校生無料
南相馬市博物館
福島県南相馬市原町区牛来字出口194
浦尻貝塚縄文の丘公園オープン記念企画展「縄文みなみそうま」
開催期間:令和6年9月21日~11月24日
開館時間:午前9時~午後4時45分(入場は午後4時まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が休日の場合は翌平日)
企画展+常設展:一般400円 高校生200円 小・中学生100円
(南相馬市内と飯舘村内の小・中・高校生は無料)