「わからない」「できない」ことに対する誤解
やってみたけど「わからないこと」や「できないこと」にブチ当たることはよくあります。
始めてチャレンジすることほど、「わからないこと」ばかりに直面して、思うように「できない」ので、一向に前に進めない。
たとえば、プログラミングを独学で勉強しようと思い、「はじめての~」と題した参考本を買って、ステップバイステップで進めていても、そこに書いてあることがよくわからない。
何度もコードを修正してもエラーのオウム返しの連発。
動画編集や画像編集をはじめてみたけど、初歩的な段階からチンプンカンプン。
わかりやすい説明をしてくれる動画を見ていても、やはり、どうしても理解できないところがあったりします。
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読んで頂いている途中でスミマセン。👨
僕、たーキンくんの本名である三木基晶は、Twitterでもそこそこタメになりそうなことをつぶやいております。💬
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もしかすると、あなたにとっての気づきを見つけることができるかもしれません。お越しいただければ、僕、たーキンくんも泣いて喜びます。😭
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それでは続きをお読みください。😊
「わからない」「できない」は良い状態とはいえないが
さて、あなたは「わからない」「できない」ことに遭遇したとき、どのように対処していますか?
わからないままにしてはいけないから、時間がかかってもいいからその場で足止めして、わかるまでがんばりますか?
わかっている人に恥を忍んで聞いてみるのもいいかもしれませんね。
しかし、大抵の人は、わからないままそこで「諦めてやめてしまう」ことの方が多かったりします。
いえ、諦めてしまうというよりも、「力尽きてしまう」といったほうが正しいのかもしれません。
わからないことやできないことが「良くない」と思い込んでしまっているのかもしれません。
良くない状態にしておくわけにはいかないために、その場で立ち往生してしまいます。
たしかに、わからない状態が悪くはないが良くもないかもしれません。
どうしたらいいかわからない状態から抜け出そうとするのは必要なことですし、立派な心構えです。
ですが、わからなかったりできないからといって、今すぐ解決しなくてはいけないわけではない。
僕が思うには、わからないことがあると、それが分かるようにならないと次のステップに進めないと思ってしまっているのではないかと感じます。
わからなかったりできないまま放置してはいけない。だから前にすすめない、と。
いえいえ、それは大きな勘違いです。
「わからない」「できない」は完成型のパーツ
わからないまま放置しておくことが勘違い?
どういうことでしょうか?
それは、やってみたけどわからないことは、あくまで部分的なパーツでしかないからです。
たとえば、食器についた油汚れを水洗いしたとき、ヌメヌメがなかなか汚れが落ちないですよね。
だからといってそこで、ヌメリがとれないことを諦めてしまいますか?
食器洗い用の洗剤を使って油汚れを落とすはずです。
この「油汚れは洗剤を使う」という知識がなければできない技。
食器洗いという作業は、水で落ちなければ、洗剤をつけて洗うことで完成されるのです。
そこで、食器を洗うという作業を「できた」と思えるわけなのです。
食器洗うのに洗剤を使うことくらい誰でも知っているでしょうが、プログラミング、動画、画像編集をやってみたけどわからないのは、まだ部分的なことしか触れていないからです。
なので、わからなく状態で、とりあえずはそのままにしておくのです。
そのモヤモヤしたわからない状態のまま、できない状態のまま先に進むのは気が引けるかもしませんが、それは大いなる勘違いです。
かまわず先に進めることが大切
わからないことやできないことに直面して、どうしようもないならば、無理にその場で解決しようとせず、かまわず先に進めましょう。
するとまたわからない。でもまたそこで、わからないままにしておく。
そうやってたくさんのわからないことだらけになっても、不安になることはありません。
なぜなら、わからないパーツを合わさると「わかる」になるからです。
わからない状態にしておいたパーツと新たなことをやってみたとき、そこでつながるのです。
2つで1つ、または、3つで1つが合わさったときにようやく、わかる、できるに到達する。
「点と点がつながって線になる」というどこかで聞いた名言と同じで、あなたのわからないことやできないことは点にすぎないということ。
新しいことに挑戦しようとしたとき、わからないことばかりなのは当然です。
少しやってみたけどできないのは、部分的なスキルしか触れていないから。
とにかくやってみる、するとできない、そのときは「そのままにしておく」だけでいい。
かまわずに、次、いってみよう。
このとき得た「わからないこと」は、「わかる」ための、大事なパーツを手にしたわけです。
「できないこと」は、「できる」までの調理の段階にすぎません。
たとえばドラマの第1話から3話までは見ていたけど、4話から9話まで見逃してしまうと、10話を観たとき、どうしてこういう展開になったのかサッパリ内容がわからないですよね。
これまた例えが悪すぎかもですが、一見わからないことでも、それは一部しか触れていない部品にすぎません。
やめてしまうのは勿体ない
勘違いをしてほしくないのは、
わからないことやできないことが問題ではないということ。
問題なのは、わからないことを無理やりわかるまで粘りすぎて神経をすり減らし、また、できないことが悔しくてできるまで必死になりすぎて力尽きてしまうことです。
すなわち、その先にあるのは、「諦める」です。
どうしてもわからないから投げ出したり、どうせできないと決めつけてやめてしまうのは、「わかる」「できる」という完成型のパーツを無駄にしていることになります。
せっかく重要なアイテムを手にしているのですから、気にせず前に進めるべき。
投げ出したりせず、諦めたりしないで、とにかく次へと歩みだせばいいのです。
わからないからといって自分を責めない
どうしたらいいかわからない状態から抜け出そうとするのは必要なことですし、立派な心構えです。
物事を悩んでしまうのはある程度は仕方ないですし、人間として当然のこと。
しかし、どうにもならない物事もたくさんある以上、深く悩みすぎるのは不毛に終わってしまいます。
わからない時は、ただでさえネガティブな状態になっているので、どうしてもわからなかったりできないそんな自分を責めてしまいがちです。
ですが、そもそも「分かるようになりたい」といった思いを持っている時点で素晴らしいことなので、自分を責める必要はどこにもない。
むしろ、答えを知ろうとしている自分を褒めてあげて、もっと気楽な状態で物事を考えるようにするべきです。
「わからない」「できない」は新しいことに挑戦しているから
すぐに理解できることは、「すでにほとんど理解していた」ことであり、ちっとも新しいことではない。
それがわかったとしても、決して「新しいことを学んだ」ことにはなりません。
わからないこと、できないことはあなたがチャレンジしている証
「わからない」というラベルをつけてとりあえず棚上げにして、そのまま先に進むのは、「何もしない」こととも「投げ出すこと」とも違います。
わからなくてもできなくても、その必須のアイテムを手にしたあなたは、かならず立派なスキルを手にするでしょう。
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またまた最後にスミマセン。👨
僕、たーキンくんの本名である三木基晶は、Twitterでもそこそこタメになりそうなことをつぶやいております。💬
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もしかすると、あなたにとっての気づきを見つけることができるかもしれません。お越しいただければ、僕、たーキンくんも泣いて喜びます。😭
最後まで読んで頂き、
本当にありがとうございました😊
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