「チェブラーシカ」とは何か――佐藤千登勢『チェブラーシカ』(東洋書店、2010年)評
オレンジの木箱にまぎれこみ、南の国から1968年のソ連に迷い込んだ分類不能の小動物。バランスが悪く、すぐ倒れてしまうことから「チェブラーシカ(ぱったり倒れ屋さん)」と名づけられたそれが、その弱さゆえ、あちこちでユニークなトラブルをまきおこす。
パペットアニメとして姿形を獲得し、1960~1970年代のソ連社会で国民的なキャラクターとなり、いったんは忘れ去られるも、ゼロ年代の日本でのブレイク――その功労者が吉田久美子さん――を経て、再びロシアで人気を博している「チェブラーシカ」の、これが基本的なプロットである。
興味深いのは、この物語が生まれ愛されたのが、「雪解け」後の「停滞の時代」だということ。当時は、市民生活が豊かになりつつあったものの、政治的な自由は許されなかった社会。そこに生きる人びとの漠然とした不安が「チェブラーシカ」という物語には滲んでいる、と本書は指摘する。
確かに、チェブラーシカがひきおこすトラブルは、そのほとんどが無意識の社会批判、分類されざる者らによる「居場所さがし」あるいは「居場所づくり」の試みになっている。極めて現代的だ。
そう考えると、この物語が、2000年代の日本で「発見」され、2010年代のロシアに逆輸入された、ということの理由も見えてこよう。差別や排除、腐敗と疎外、官僚主義と閉塞感――。「チェブラーシカ」とは、これらすべての象徴なのである。(了)
※『山形よみかき小冊子 ひまひま』13号(2014年8月)06頁 所収