あの夏の花火――「東北の春」に向けて(06)
2015年の夏は、後年ほぼまちがいなく、日本の民主化運動の覚醒の年、いわば「民主主義元年」のはじまりとして記憶され、懐古される年となるであろう。もちろんそのきっかけは、「安保法案」への大衆レベルでの異議申立とその全国的な広まりにある。あちこちの都市で連日のようにデモが行われ、ごくごく普通の人びとが等身大の言葉で自らの違和感を口にする。そんな風景が、いつのまにか当たり前のように私たちの日常に姿を現すようになった。「安保法案」が採決されるか否かに関わらず、おそらく私たちは帰還不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)をこえてしまった。
さて、そんな夏の終わりに、私たちが暮らし活動している山形市では、市長選挙が行われる予定である(2015年9月13日投票)。筆者が運営する若者支援NPO「ぷらっとほーむ」では、2013年の参議院議員選挙以来、「政治と若者とをつなぐ」というコンセプトで、選挙が行われるたびに、候補者全員を呼んで政策を聴く会を設けたり、現職の議員に来てもらって対話する会を設けたり、あるいは政治的なさまざまな論点をもちよって市民が自由に語り合える熟議の場を開いたり、とさまざまな企画に取り組んできた。今回も、いくつかのとりくみを進めているところである。
今回はまず、早い段階から市長選への立候補を表明していた候補者のおひとりをお招きし、「政治家と語る会」というかたちでじっくりお話を伺うとともに、「ぷらほ」の活動についてお伝えし、それをふまえた上で、今後の山形市における若者支援のありかたについて議論を交わした。3月下旬である。続けて、その後の4月に立候補を表明したもうひとりの候補者についても、7月末に上記のものと同じ形式で「語る会」を開催、やりとりを交わすことができた。
また6月には、筆者のソウルでのスタディ・ツアーの報告会を開催した。ソウル市のいくつかの先進的な若者支援施設――「ハジャセンター」「青年ハブ」など――を視察してきたのだが、それがあまりに面白かったので、団体内外の方々と共有したいと思い、はじめて企画したものである。この企画に、先の候補者ふたりをお誘いし、参加していただいた。後半の質疑応答では、おふたりそれぞれよりご質問もいただき、とりわけ中間支援の方法について豊かに議論を深めることができた。
そして、8月下旬には、立候補を表明したもうひとりの候補者を加えた三人全員にお願いして集まっていただき、「山形市長選 公開討論会」を開催した。①施政方針、②若者政策、③NPO政策について訊いた。公開討論会には、「ぷらっとほーむ」の若者たちのほか、各陣営の人びとや議員、これから投票先を決めるという人びと、学生など、さまざまな方々に参加いただいた(やりとりのもようはYouTubeで閲覧可能)。
このほか、9月6日には「じゅくぎ@ぷらほ」を開催した。立場や背景をこえて多彩な人びとが集まり、フラットに語り合える熟議の場づくりである。こちらにも、それぞれの陣営の関係者をはじめ、まだ決めていないという人、市外の人まで含め、多様な人びとが集い、この度の選挙戦そのものをどう読み解いていけばよいか、さまざまな角度、視点からいっしょに検討を加えることができた。
一連の取り組みは、一言でいうと、誰に投票したらいいかの判断材料をメディア任せにせず、自分たちでつくりだすためのものだ。さらには、そうやって得られたデータや情報をどう読み解いていけばよいか、そのリテラシーを身につけるための基礎トレーニングの場をつくりだそうというものだ。これらのねらいは概ね達成できたが、実をいうとそれ以上の収穫を手にすることができたと私たちは考えている。
収穫とは何か。それは、選挙とは、対話を通じて候補者(政治家)を私たち好みに育てていくことができる、そういう機会であることに気づけたことだ。公開討論会でのやりとりや言葉遣いに顕著だが、どの候補者も若者支援や中間支援についての深い理解を示していることがわかる。もちろんこれらは、これまで私たちがしかけてきた対話の積み重ねの成果である。出会った当初から彼らがそうした語り口を採用していたわけではないからだ。ここには、「既存の選択肢のどれかに一票を投じる」だけにおさまらない、選挙というツールの使いこなしかたがある。
おそらく読書のみなさんがこれを読んでいるころには、山形市長選の結果も「安保法案」をめぐる攻防の結果も出ていることであろう。だが、その結果がどうあれ、私たちのステップはとまらない。私たちは引き続き、自前のデモクラシーの種子をあちこちに埋め込み、孵化させていく。そうしたとりくみの先にようやく、私たち植民地の民のもとにも〈春〉が訪れることになるだろう。
(『みちのく春秋』2015年秋号 所収)
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