14.邪魔者たち
ピピッ。
クスクスクス。
その音のする方へ目を向けると、そこには千紗がいる。
開脚をしながらスマホをこちらに構えている。明らかに笑いを堪えていた。
その千紗の脚の間には寝転んでこっちを見ているシバがいる。舌を出してジーっと見てくるその顔は笑っているようにも見える。
鬱陶しかったけど無視をして畳に顔を向けた。こういう奴らはいちいち相手しないに限る。
今の僕はトレーニングの真っ最中だ。盛男さんに教えてもらったメニューの一つだ。
うつ伏せの状態から肘と爪先だけで身体を浮かせて、後はひたすら耐える。ただ、それだけ。でも、これが滅茶苦茶にきつい。さっきから震えが止まらない。
クスクスクス、とまだ千紗は笑っている。むかつくけど無視をする。
どの筋肉が使われているのか感覚に耳を澄ませる。身体の感覚を研ぎ澄ませて身体と会話する。筋トレの効率を上げる為にも集中は大事だ。
盛男さんは僕に足りないものを教えてくれた。
まず筋力。特に体幹の筋肉は走る上でかなり重要だと教えてくれた。
ただ、盛男さんの筋肉説明はいつまで経っても終わらなかった。三角筋、前鋸筋、僧帽筋、広背筋、長背筋、菱形筋、腹直筋、腹横筋、腹斜筋、腸腰筋、大臀筋、大腿筋、と知らない言葉ばかりであまりにも多いから途中からお経のように聞こえてきた。それでいて、その筋肉を鍛えるメニューが別々であるもんだから、もうやる前から投げ出しそうになった。だから、その中でまんべんなく鍛えられるメニューに絞った。
まず盛男さんが薦めたのは倒立だった。上半身をバランスよく鍛えられるそうだ。
そういえば練習終わりに先輩達と新藤がよくやっている。いつも凄いなと思いながら見ていた。
一番良いのは支えなしの倒立の腕立て伏せみたいだけど、倒立すらできないのでそれは考えない事にして、もっと簡単に鍛えられる腕立て伏せをして、併せて倒立の練習もする事にした。
ただ、腕立て伏せ一つにしても、手の位置、角度、力の入れ方、呼吸、などなど、聞くだけで「うるさい!」て叫びそうなほど手順が細かい。それで、いざやってみると、とんでもなくきつい。
「トレーニングは、量より質。コンプリートよりプロセス」
盛男さんはこれを何度もしつこく言ってきた。多分、この言葉はお気に入りなんだろう。
少し休憩してから最後の仕上げに倒立の練習をする。壁に支えてもらったら倒立はなんとかできる。ただ、とんでもなくきつい。腕がプルプルしている。血も上って苦しい。それでもこのまま腕立て伏せをしようと思った。
意を決して腕を曲げた瞬間だった。
腕が、ガクッ、と力尽きて畳に頭突きをしてから崩れ落ちた。
その音と衝撃はとんでもなかった。
寝ていたシバがびっくりして飛び起きたし、料理をしていた母がびっくりした顔で覗きに来るぐらいだった。
一部始終を見ていた千紗は腹を抱えて笑い転げていた。
「撮ったよ!見て見て!」
嬉しそうに映像を母に見せびらかしている。ムカついたけど無視をしてストレッチをする。
盛男さんはストレッチの大切さも僕に話してくれた。
鍛えた筋肉を良くも悪くするのもストレッチ次第。
それは大志先輩も言っていた。ストレッチの種類だけでもノイローゼになりそうなほどたくさんあった。その中で、鍛えた筋肉を伸ばせるストレッチを選んだ。それでも多いけど。
「諦めずに続けていく事が大事だぞ。続けていけばきっと身を結ぶ。継続は力なり」
その言葉を反芻しながら仕上げの開脚ストレッチをする。すぐに痛みが襲ってくる。全然開いてくれなかった。上半身を前に倒そうとしたけど倒れない。首が前に曲がるぐらいだ。それでも必死に前に体重をかけた。
痛い。
痛すぎる。
本当に開くようになるのか疑ってしまう。でも絶対に諦めない。必ず続けてみせる。継続は力なり。
けっけっけっけっ、とすぐ正面から変な息切れが聞こえた。
顔を上げると目の前にシバがいた。
シバは僕の脚の間に座っていた。千紗の開脚だと横になれるけど、僕の開脚だと座るスペースしかなかった。
キラキラした目と少しだけ開いた口は、笑っているように見えて、馬鹿にされている気がしてムカついた。
つづき
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