28.戦犯
点滴を打って回復した僕は、翌日に退院する事ができた。皆が乗る飛行機には間に合いそうになかった。それが分かってホッとする自分がいた。
僕が倒れた後の事は父から聞いた。
聞きたくなかったけど、聞くしかなかった。
僕は脱水症状で倒れて棄権になった。
残り10mもなかった。あともう少しだった。
その話を僕はベッドの上で俯きながら聞いた。
悔む以外、何もなかった。
走っている途中でも気づいていた。緊張のあまり水を飲んでいなかった事に。
省吾が水を出してきても、水の重みとか腹痛を気にして全然飲まなかった。心配してきた父には邪険にさえしてしまった。それで棄権したんだから馬鹿もいいところだ。係の人に運ばれる僕を見た母は、もう目を覚まさないんじゃないかと思ったらしい。
父は記録表を持ってきていた。その記録表を見ると、まず目に入ったのは優勝した高校の名前だった。そこから下に目を持っていくと、一番下に僕らの高校があった。その横にこんな文字があった。
失格。
記録なしだった。でも、区間の記録はあった。
新藤はぶっちぎりの記録だった。次のキャプテンも次の選手を1分以上も離すぶっちぎりの記録。次の大志先輩は二位。その次の賢人は区間三位の記録。一位と10秒の差もない。その次の省吾は区間五位。そして最後の亮先輩は区間一位の記録だった。
手が震えていた。
皆、凄い走りをしていた。本当に僕は何て事をしてしまったんだろう。僕が棄権さえしてなければ楽々一位になっていたはず。例え僕が遅かったとしても、順位を落としても、キャプテンに繋げていたらチームは優勝していたはずだ。
僕のせいだった。
全部、僕が悪い。
僕が走り抜いていれば都大路でも走れた。
走り終わった後の皆はどんな顔をしていたんだろう。僕が棄権したと知った時の皆はどんな顔をしていたんだろう。記録を知った時の皆はどんな顔をしていたんだろう。想像するのも恐かった。
父が肩に手を置いてきた。
「気を落とすな。お前は頑張った。盛男さんもよく頑張ったって言ってた。誰もお前を責めてないからな。気にするなよ」
頑張った?
僕の走りを間近で見てないくせに・・・たった3㎞も走り切れなくて何が頑張った?
中学生でも簡単に走り切れる距離を走れなくて頑張ったは、ない。そんな事を言われても何の慰めにもならなかった。どう見ても僕のせいだ。誰がどう考えても僕のせいだ。なんて無様だ。惨めだ。情けない。もう色んな罵倒の言葉が浮かんできて、次には、今までの練習が、今までしてきた事が、目まぐるしくフラッシュバックしてきた。
僕はこんな思いをする為に、恥をかく為に、皆に恥をかかせる為に、わざわざ飛行機に乗ってこの場所に来た。こうなる為に今まで走ってきた。毎日、毎日、時間を割いて走ってきたのに・・・・・その結果がこれだ。
バカみたいだ。
僕は父の手を払った。
「自分の事じゃないからって適当なことを言うなよ」
言ってから後悔した。父に当たってもしょうがない。でも言わないと気が済まなかった。
「そんなこと思ってるわけないだろ!」
すかさず父が激昂してきたけど、声が響くのですぐに口を噤んだ。何か言いたそうだったけど、これ以上は言ってこなかった。それからは黙っていた。母も千紗もずっと黙り込んでいた。そんな気まずい雰囲気の中、僕らは最終便で島に帰った。
空港に迎えはいなかった。最終便というのもあってロビーは寂しいぐらいに人がいなかった。
その数時間前に駅伝部はここを通ったはずだ。皆はたくさんの人達に迎えられたんだろうか。見送りは盛大だった。失格したチームはどんな顔をされて迎えられたんだろう。しかも全てを台無しにした戦犯はいない。皆はどんな顔をしてここを通ったんだろう。
空港からの帰り、預けていたシバを迎える為に叔父さんの家に寄った。シバを連れてきた叔父さんは僕に声を掛けてきた。
「哲哉、今回は残念だったな。でもまた来年があるからな。頑張れよ」
そう。僕はまだ一年生。まだあと二回はチャンスがある。
でもキャプテンは最後だった。都大路で走る最後のチャンスだった。それを思うとまた涙が出そうになった。
車の扉が開いてシバが乗り込んできた。
すぐにシートに飛び乗ると、僕の太ももを踏み台にして窓から顔を出した。ジャージのズボンが滑って何度も踏み外している内に、黒い身体は僕にもたれ掛かってきた。それで安定したみたいだった。
顔に黒い身体が圧し掛かる。この犬は遠慮なく全体重を僕に預けてきた。僕の気持ちを他所に、ふんっふんっ、と気持ちよさそうに鼻を鳴らして車のスピードに興奮している。
でも今の僕には都合が良かった。さっきから出続ける涙を隠す事ができるから。
僕はそのフサフサな身体に遠慮なく顔を押し付けた。
つづき
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