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【長編小説】六花と父ちゃんの生きる道 第六話 六花のともだち

〈これまでのおはなし〉
 小学六年生の六花のお母さんは、突然の交通事故で亡くなったばかり。父ちゃんはショックで寝てばかりいる。六花も父ちゃんも、学校にも会社にも行かず、ひっそり暮らしを続けている。
 ふとしたきっかけで、スーパーを訪れた六花は、そこで近所の同級生、中村くんのお母さんにばったり遭遇してしまう。

 そのひとは六花のかごを取り上げて下に置き、両手を両手で包んできた。あまりにも真剣なおばさんの表情に、六花はとてもびっくりして固まってしまう。

「どうしたの! いままで、どうしてたの? うちの哲司が『六花ちゃんが学校に来てない』って言うから、心配してたのよ? ちゃんと食べてるの? 少し痩せたんじゃない? お父さんはどうしてるの?」

 矢継ぎ早の質問に、どう答えたらいいか困惑していると、

「つらいだろうけど、みんな心配してるのよ? 学校に行くのが怖いんでしょう? みんなの視線が怖いんでしょう?

 大丈夫。哲司を朝、迎えに行かせるから。六花ちゃんをひとりでは行かせないから。明日の朝でも大丈夫? 急すぎるかしら。

 でも早いほうがいいわ。時間が経てば経つほど、行きづらくなっちゃうものなのよ?」

 おばさんは本気で心配しているみたいだった。目に涙すら浮かんでいる。六花の両手を握りしめる手に、力がこもっている。六花はなにも言えなくなってしまった。

「父ちゃんが……父ちゃんが、もう少し落ち着いてから……。」

 おばさんは、はっとした顔をして、六花に抱き着くと、背中まで包み込んだ。

「いい子ね。いままでがんばってきたのね。お父さんのことも心配よね。

 じゃあ、こうしよう。毎朝、七時半ぐらいに、哲司を六花ちゃんの家の前で少しだけ待たせるから。気が向いたら、いつでも出ておいで。こころの準備ができたら、いつでも。

 チャイムも鳴らさせないし、焦らせたりしないから。でもみんな、六花ちゃんの味方なのよ? それだけはわかっていてね。」

 おばさんの身体の温かみが伝わってくる。泣いているのだろうか。身体は少しだけ、震えている。

 おばさんが泣いていても、六花は少しも泣けないのだった。

 涙の井戸が枯れてしまったのかな。私はずっと泣かないのかな。お母さんのことが、大好きだったはずなのに。いまもこうして、大好きの大好きなのに。

 六花はそれが却って哀しかった。

 中村くんは、家こそ近所ではあったけど、学校でそんなに親しくしている子でもなかった。

六花は、どちらかというとサバサバして女っぽくない女の子たちと一緒にいることが多かった。

 学業成績とは無関係に、彼女たちは賢くて、ものごとの見方が深くて、言いたいことは、躊躇せずに誰にでもはっきり言う。

 そんな子たちと喋っていると、六花は刺激を感じて楽しかった。

 くっついたり喧嘩したりを繰り返し、言ってることに裏と表があるような、ちょっと女の子っぽい女子は、面倒に感じたし、同級の男の子たちはどれもこれも、単純で、子供っぽいように思ってしまうのだ。

 六花の友達たちも、心配してくれていると信じるが、彼女たちが電話を掛けてきたり、家に押しかけてきたりは決してしないことも、六花はよくわかっていた。

 そういうドライなところが好きでもあったのだ。友達のひとりが、短いLINEをくれただけだ。

「うちら、いつでも待ってる」

 六花はそれに、うん、と短く返した。それだけだ。それだけでも気持ちが伝わってくるから不思議だ。

 大丈夫。大丈夫。私は大丈夫。ひとりなんかじゃない。そう思うだけで、強くなれた。

「じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて。哲司くんには迷惑かけちゃいますけど、よろしくお願いします……。」
 六花はそう言いながら、おばさんの身体をそっと引き離した。

「おばさん……。荷物が……。」
 六花は少し後ろでひっくり返っているかごに近寄り、後を追ってきたおばさんと、転がった商品を入れなおした。

 最後にりんごをおばさんの手に直接手渡すと、

「いろいろありがとうございます。迷惑かけてごめんなさい。」

 と言って、深く頭を下げ、そのままおばさんを置き去りにして、逆方向のレジに向かった。

「私って、ちょっとめんどくさい子供だよね……。」
 と、独り言ちながら。

 中村くんのおばさんの距離の詰め方は、とてもありがたい一方で、半分わずらわしくもあるのだ。

 でも、そんなこと思っちゃうの、やっぱり申し訳ないと思ったし、勝手にさせてほしいと思う気持ちもあったし。

「誰に似たんだろ。」
 父ちゃん? お母さん? どちらも違うような気がした。

 父ちゃんはひととの距離ゼロの子供みたいなひとだし、お母さんは誰とでも、たおやかに上手な距離感で付き合うことのできるひとだ。

 一体誰に似たんだろ。


(第七話につづく)

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