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【長編小説】六花と父ちゃんの生きる道 第十三話 たこ焼きパーティー

〈これまでのおはなし〉
 小学六年生の六花は、突然の交通事故でお母さんを亡くしたばかり。六花はあれ以来、学校に行ってない。父ちゃんは会社に行ってない。
 父ちゃんをお風呂に入れることに成功した六花。なぜか浮かれ調子の父ちゃんと、いざ、たこ焼きパーティーの始まりだ。

 父ちゃんの気分が上々のまま、たこ焼きパーティーが始まった。父ちゃんの手さばきは、やっぱり見事で。お仕事がなくなったら、たこ焼き屋さんをやって食べていけばいいよね、とふと考えた。お仕事、と言えば。

「父ちゃん、会社から全然電話とか入ってないの?」

 と訊いた。父ちゃんは不思議そうな顔をしていたが、はっと我に返って、畳の部屋へスマホを取りに行った。充電しっぱなしだったようで、スマホは生きていた。

「すごいぞ、六花。九十八件も着信履歴がある!」

 六花は驚いた。そして焦る。このままだと、たこ焼き屋さんが現実に……!

「すぐに連絡したほうがいいよ! すぐ。いますぐ。」

「なにを言ってるんだ、六花。父ちゃんの話を聞いてなかったのか?」

「聞いてたよ? なに?」

 父ちゃんは自慢げにスマホ画面を見せながら、

「九十八件だぞ? あと二件で百件じゃないか!」

 と満面の笑みで主張した。ああ、うざい! めんどくさい。お母さん、この先このひととふたりで暮らせと言うのですか? めんどくさいです。帰ってきてよ。六花のお願いの趣旨が変わってきてしまった。父ちゃんは、たこ焼きをくるくる回しながら

「それにね。こんな時間に誰も居やしませんよ。六花、もう十時だぞ。」

 と言った。「こんな時間」でも、誰かしらは居ることを、六花は知っていた。父ちゃんだって、忙しいときには午前二時過ぎてから帰宅することもあるらしい。

 お客さんのところを廻れる時間帯にはめいっぱい廻り、会社に帰ってから契約関係の事務仕事をするのが営業の仕事なのだそうだ。

 三時前に寝て、六時半には起きるのだから、「そんなに寝ないでも、おとなはだいじょうぶなの?」と六花は尋ねたことがある。

「だいじょうぶなわけないだろう。六花、おとなはね。手の抜きどころを知っているんだよ。」

「どういうこと?」

「家を廻っててもね。午前中は食いつきが悪い。在宅してても、家事や仕事で忙しいひとがほとんどだから、こころに余裕がないんだよ。そんな時間に廻っても効率が悪いだけなので、父ちゃんは朝礼に出たあと、速やかに車で会社を出て、公園の木陰に止めて寝ます。」

「父ちゃん! 六花に変なこと教えないで。」

 そのときお母さんがそう言ったのを覚えている。

「変なことなもんか。六花、世のなかで正しいと言われていることを、丸のみするんじゃないぞ。おとなは平気で嘘をつくからな。子供だって結構嘘つきだ。一度は疑え。馬鹿正直に生きたら、損ばかりするぞ。」

 当時の六花には、父ちゃんがなにを言っているのか、わからなかったのに、強烈なインパクトで記憶に残った。いまは少し、わかる気がする。

 まあ、六花も、夜の十時に会社に電話しても、迷惑なだけだろうと思った。事務のひととか、偉いひととかいないとね。

「できたぞ。」
 父ちゃんは、たこ焼きを皿によそってくれた。憧れのため息が出てしまう。あつあつのほふほふのたこ焼き。湯気が立ち上っている。

 六花は皿の端に、たこ焼きソースとマヨネーズを少し出して、付けて食べる派。

 父ちゃんは、たこ焼きの上に、ソースとマヨネーズをたっぷりかけて、青のりものっけて食べる派。

 父ちゃんは本当は、プロの的屋さんのように、華麗に芸術的に、マヨネーズを左右に振りながらかけたいみたいなのだ。

 でもプロが使っているものと、六花が適当に買ってきた家庭用のマヨネーズでは、容器の口がそもそもぜんぜん違うので、うまくいくはずがない。結果、大量のマヨネーズがかかってしまうはめになる。

 きょうも父ちゃんは、自分の腕前になんだか不満げ。

 いままで気にしたことなかったけど、このひとのキャリアビジョンのなかで、たこ焼き屋さんはどのくらい、あり、なんだろうか。こんな状況だと、そんなことまで想像してしまう。

 やめよう。美味しそうなたこ焼きが目の前で湯気を立てているんだもん。その幸せを思いっきり楽しめないのは、損なだけ。

「熱いから気を付けて食べろよ?」

 父ちゃんの言葉に、うん、と頷いて、箸でたこ焼きを割る。

 ふんわりと湯気が。ああ、食べたい食べたい、焦るな焦るな。小さくして、マヨネーズとソースをちょんちょんとつけて口のなかへ。

「あつあつあつあつ、ほふほふほふほふ。」
 六花と父ちゃんは、おんなじ顔して笑いあった。

「どうだ、父ちゃんの作ったたこ焼き、美味いだろう。」
 そう言う父ちゃんを見て、元気が出てきてほんとによかったな、と六花は思う。

 元気なこと、笑ってること。それは決して当たり前のことじゃない。命の終わりは、ときに前触れもなく訪れ、周りの人々のこころをずたずたに切り裂く。

 六花は言葉なく、こころのなかで父ちゃんに呼びかける。

 逝かないで、逝かないでね。強くあれ。図太くあれ。ずうずうしくあれ。父ちゃん、共に生きて。生きてね。

 二回目のたこ焼きを焼き始めたとき、父ちゃんはうっとりするようにこう言った。
「夢をみたんだよ。さっき。」

「ふうん。どんな夢?」

「おおかみが崖の上に居てさ。三匹。お父さんとお母さんと子供のおおかみ。向こう側に夕陽が沈みかけて、逆光になってるんだ。で、場面が変わって。雨なんだ。土砂降りなんだ。そのなかを子供のおおかみが、ずぶ濡れになって走ってる。お父さんとお母さんは、なぜかいないんだ。子供のおおかみは、やっと雨宿りできる洞穴を見つけて。啼いてるんだ、わおーん、わおーん、って泣いてるんだ。」

「ふうん。ね。父ちゃん、業務連絡ふたつ。」
 と六花は言った。

「とっても哀しい泣き声なんだよ。」
 父ちゃんはまだ言ってる。

「聞いて。業務連絡ふたつ。」

「なんだ?」
 父ちゃんは手を止めずに答える。


(第十四話につづく)

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