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内海健『精神科臨床とは何か』の復刊

ストロングスタイルの精神病理学の道を貫いてきた精神科医、内海健氏。
その内海先生が20年近く前に、講義DVDとともに(!)世に問うたのが『精神科臨床とは何か』であった。
長らく絶版になっていたが、出版社を移して復刊されたと知り、即購入。初版時にも即購入したのが思い出されたりもして、懐かしい......。

これは若手精神科医や心理士に向けた講義をベースにしたもので、内海先生の論文集等に比べれば、ずっと平易な文章で語られている。と言っても、その中身は、ちまたにあふれるマニュアル・ガイドブック的なものの対極にあるのだが。 

この地球上において「人間」という種の進化は、どのように位置づけられるのか…  
この身体・脳とともに「精神」なるものがどう立ち現れてくるのか… 
そして他者という存在のもとで、この「私」はどのように立ち現れてくるのか…
さらには、近代的な「人間」の概念はどのように形作られてきたのか…
――ときに巨視的な地点に立ち、ときに原基的な場面にまで立ち戻り、基底から説き起こしていく。 

「でも、そんな話、普段の臨床に”使える”の?」
「こむずかしい。。。」

読む前からそんなコメントが聞こえてきそうなのが、昨今の臨床の現場ではある。
しかし、これらの基底から掘り起こすような問いは、いずれも真っすぐに、<主体 subject>をめぐる問いへと通じる。それはとりもなおさず、臨床に直結している、という意味でもある。

例えば、思春期からの出立・自立をめぐる問題は、精神病や神経症の発病等々の契機としてよく出会うものだが、その根底には――「原因として」という意味ではない――<主体>の成立をめぐる問題が横たわっている。
あるいは、治療過程においても、<主体>を<主体>たらしめている構造・状況について考えをめぐらせることは、思いの外、重要なことだ。
(象徴的な意味での)「父の機能」の減退、と言いたくなるような事態。
うつ病者に対する「sick role」を軸にした治療がうまく機能せず、demoralization にまで至ってしまうといった事態。
こういった「現代的」とされる治療上の問題も、この<主体>の成り立ちを考慮してこそ、見えてくるものがある。

新たに付された補遺の章では、今日の精神医学において濫用されがちな「思考停止概念」に触れている。
例えば、「脳」や「エヴィデンス」といった概念は、当然、精神医学にとっても重要なものではあるが、それ以上は説明も思考もしないために安易に持ち出されることがあまりにも多くなってはいないかと、内海は警鐘を鳴らしている。

そこに内海がいまひとつ、今日の臨床における「思考停止概念」の代表として加えるのが「共感」という概念である。
なぜ「共感」が問題となるのか。内海は言う、

もちろん、共感自体がよくないと言っているわけではありません。それどころか、精神科臨床の基本中の基本とさえいえるでしょう。しかし、昨今、それは倫理的な要請となりました。つまり社会的に強力なものになってしまっているのです。共感がノルマやモラルとなったとたん、それは堕落します。理由は至極簡単です。 共感は意図してできるものではないからです。 「共感しよう」、「共感しなければならない」と力むと、かえって共感は起こらなくなります。

共感は「同情」ではない。「他者を理解するということは、自分の内的な体験を原像にして、それを相手に投影するということでは」ない。患者のことを理解しようと、患者について考え、想像することは、どこかで限界に突き当たる。相手が他者であるがゆえに。そして、通常の思考に取り込むことのできない病気の理屈(精神病理)ゆえに。
「こうして思考や想像力が壁に突き当たるとき、そこには病む人への敬意が自然に湧き起こる…これが私の考える精神科医としての共感のあるべきすがた」である――そう内海は語っている。共感とは他者のほうから自分にやってくるものであり、共感は「ふとやってくる」ものである、と言うのだ。
通常イメージするものとは真逆のベクトルの出来事である。

共感は他者からこの<私>へと到来する――これは<主体>の成立をめぐる論理機制と同型でもある。
だとするならば、治療者が治療者たりえているのは、何事かを患者に「与えている」からではなく、患者から治療者への「無償の贈与」、その分有が、「共感」の到来としてもたらされているからこそである、とも言えるのかもしれない。

20年前の序文において内海は「これ以上やさしくすると現実を偽ることになる、そうしたぎりぎりの線上で考え続けたことに、ほんの少しだけ自負がある。それゆえ、できれば最初から、一気呵成にお読みいただければと思う」と記した。
この復刊を機に、一人でも多くの治療者に、そんなソリッドな思考体験をしてもらえることを期待したい。

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