■第10回 理念の共有浸透をスピーディに進めるには
1 今日入社した新人が読んですぐ行動できる経営理念ならいいのだが…
理念経営のご支援の相談をいただくと、当然ですが最初にどれくらいの期間でどのレベルまでいけるかと質問されます。
やると決めた以上、新たな事業だろうと新たな経営方針だろうと早くスタートし一気に進めたいのは当然のこと。短期間に進められたほうが効率もいいですし、成果も早く出るわけですから。
ということで『武田斉紀の「理念経営 ホンネの疑問」』シリーズ第10回のテーマは「理念の共有浸透をスピーディに進めるには」です。
さっそく社内への共有浸透についてお話を進めたいところですが、その前に「Step.1 理念の明確化」があります。「Step.2 社内への共有浸透」をスピーディに進める上で重要ですので少しふれておきます。
明確でない理念、あるいは明確でも表現が抽象的で分かりにくい、あるいは現場で使えるイメージが湧かないようでは、社内への共有浸透はスピーディに進みません。
たとえば「お客様の笑顔を作ろう」という目的を理念に掲げたとして、今日入社してきた新人やアルバイト、パートの方がすぐに理解して行動できるでしょうか。
思い切り値引きをしてあげたり、できる限りのおまけを付けてあげたら、お客様はきっと満面の笑みになるでしょう。これでいいなら簡単ですが、きっと違いますよね。
「世界一のサービスで喜ばれるホテルを目指す」ではどうでしょう。
私がすぐに質問したくなるのは、「貴社でいうサービスはどこからどこまでの範囲を指しますか?」「喜ばれるといっても、喜ばれ方にもいろいろあります。
サービスの中でもこだわるポイントはどこですか? それはなぜですか?」「世界一ということは現在世界一のサービスといわれている〇〇ホテル以上のサービスということでいいでしょうか」。
ただし、たとえこれらの質問に会社として丁寧に答えられたとしても、今日入社した新人には現場で表現するための具体的なイメージが湧かないかもしれません。
彼らの多くは恐らく世界一のサービスを体験したことも、比較で持ち出した〇〇ホテルにも泊まったことがない可能性があるからです。
個々具体的な行動は初期研修やOJTで伝えるとしても、ある程度の現場でのイメージが湧かない限り、「Step.2 社内への共有浸透」はスムーズに進んでいかないでしょう。
理想は経営理念が整理されて、今日入社した新人やアルバイト、パートの方が読んですぐに理解し、行動に移せる表現になっていることです。
もしそうなら、こう言えばいいのです。「これが当社の考え方です。ではさっそく仕事で表現してみましょう!」。
さらに言えば、採用段階で予め経営理念を提示し、本人の共感を確認してあること。これだけで社内への共有浸透は、実にスムーズかつスピーディに進んでいきます。
しかし現実にはどうかというと、私がいろいろな経営理念を拝見して思うのが「もっと経営理念が整理されていて、だれが読んでもすぐに分かり、行動に移せる状態になっていれば」ということです。
明らかに条文同士が矛盾していたり、言葉が足りないと分かる場合も珍しくありません。「スピーディに共有浸透を図りたいのであれば、急がば回れで経営理念の再整理や表現の見直しから始めませんか」とご提案することもあります。
が、ご予算やタイミング、「ずっとこれできてしまったので」などさまざまな理由で「経営理念自体は今あるものでいきます」となるケースが多いのです。
2 共有浸透に近道はないが、1カ月もすればうれしい知らせが次々と届く
ということで、「経営理念自体は今あるものでいきます」を前提に、「Step.2 社内への共有浸透」をスピーディに進めるためのノウハウに入っていくことにします。
社内への共有浸透に当たっては、「スピード」と同じかそれ以上に留意すべき要素があります。「継続性」と「向上性」です。理念経営を進めていくと決めた以上、共有浸透をスピーディに進めて、理念の実現や業績向上という成果につなげていくことが重要です。
けれども目指す理念の実現に終わりはありません。いくら最初がスピーディでもその後に停滞してしまったり、継続・向上していかなければ結果も長続きしません。
社内への共有浸透をスピーディに進めつつ、「継続性」と「向上性」も担保するにはどうすればいいか。ポイントをいくつかご紹介します。
前回もご紹介した「■Step.2 社内への共有浸透と継続のための3つのマスト」を図にしてみましたので、こちら(※このページにうまく図をはりつけられないので弊社HPにリンクしています)と併せてご覧ください。
■「Step.2 社内への共有浸透」をスピーディに進めるためのポイント
1)「最初が肝心」、トップの説明と導入研修で理念をしっかりと共有する。
2)仕組みは計画的に早めに作り、回しながら修正・改善していく。
3)1年間は全員の習慣となるまでしつこくやる。
1)「最初が肝心」、トップの説明と導入研修で理念をしっかりと共有する。
先ほどもふれたように、あなたの会社の経営理念が「これが当社の考え方です。ではさっそく仕事で表現してみましょう!」ですぐに共有できて、新人でも行動に移せる状態であればいいのですが、なかなかそういうケースは少ないようです。
創業オーナーの場合は、自分という一人の人間の考える「会社として目指す目的」や「大切にしたい価値観」を優先順位も含めて分かりやすく整理して、行動に移せるレベルにまとめればいいわけですが、これが容易ではありません。
自分自身の考え方を客観的に見つめ直すことは、いざ取り組んでみると思いのほか難しいものです。まして会社が何代も続いていて、創業者や先達経営者から継承すべき部分と現経営者が新たに加えたい部分があるケースでは、さらに複雑になってきます。
私がご支援している会社でも、共有のしやすさや分かりやすさをできる限り追求しているつもりですが、それでも理念本文(条文)だけでは足りず、必ず言葉の定義を含めて補足する解説文をそれぞれに付けています。
今ある理念本文を補う形で説明文を用意するのは一つのよい方法だと思います。
その上でトップ自ら全従業員に対して理念を説明する時間を持つのはもちろん、時を待たずに全従業員を対象とした導入研修を半日から1日かけてしっかりと実施することを推奨しています(マストIII「仕組み1 理解するの<初期研修>」)。
なぜなら理念経営に限らず、こうした組織全体での大きな活動を始めるに当たっては最初が肝心だからです。
最初に全員が理念をしっかりと共有できていれば、理念の実現に向けてさまざまな具体的な活動を始めてもずれる人がいません。
「今月は理念の中でもこの部分を強く意識してみんなで行動してみよう」とキャンペーンを張ったところが、同じチームの中に反対方向を向いて仕事をしている人がいたらどうでしょう。
ちょっとした本人の勘違いなら話せば修正できるでしょうが、「自分はそもそもそんな理念など聞いていないし、共感も実現していくつもりもない」では周囲は前向きな活動に集中できません
お客様に向けて個々が頑張り、もっと高い実現レベルにトライしようとしているのに、一人だけ裏腹な行動をしていてはお客様からの信頼や支持をいつまでたっても得られないでしょう。
理解のレベルも含めて、最初に全員の足並みを一定以上そろえておくことは、スピードの上でも継続・向上の上でもとても大切です。
2)仕組みは計画的に早めに作り、回しながら修正・改善していく。
上記1)の理念の共有とは逆に、図にあるマストIIの「理念一貫、個人目標化」とマストIIIの「継続のための『3つの仕組み』作り」は計画的に早めに取り組み、回しながら修正・改善していくことをお勧めしています。
理念本文は基本的に変わらない部分ですが、仕組みは理念の実現に向けてどんどんよい方向に変えていけばいいからです。つまり、まず始めることが大事といえます。
マストIIの「理念一貫、個人目標化」とは、理念の実現に向けた今期の目標を個人レベルにまで落とすことです。
一人ひとりが自分の目標から経営理念を見上げたとき、「自分の目標を達成すれば、課の目標に、部の目標に、全社の目標に貢献できて、経営理念の実現に一歩近づける」という実感が持てる目標設定にするのです。
営業であれば売上目標は従来通りでも構いませんが、同時に売上の中身も問うようにします。理念の実現に近づける提案や顧客満足が得られたのかどうか。
マストIII「仕組み3 褒める」と連動させることになりますが、売上目標を120%達成したAさんと110%達成したBさんがいたとして、中身が明らかにBさんのほうがより理念の実現に向けた内容であればBさんのほうをより評価する形に変えます。
ただし、100%未達の場合はいくら中身がよくても今回一定以上の評価はできません。なぜなら当社の製品やサービスをお客様に使っていただくからこそ当社の理念は実現するのであって、売上目標はそのための一つのゴールだからです。
営業は分かりやすく、評価のものさしが変われば一人ひとりの動き方もすぐに変わってくるはずです。営業以外の部門でも、従来の目標に理念の実現に向けた取り組みへの評価をいかに取り込んでいけるかを模索していきます。
マストIII「仕組み1 理解する」はすでに<初期研修>を終えたのであれば、あとは定期的に(理想は毎年1回程度)<継続研修>を行えばいいので、他の仕組み作りを急ぎましょう。
「仕組み2 実践する」は、理念の実現に向けた一人ひとりの「日常トライ&エラー」を日々部署内で共有し、よりよい方法を模索しながら全員で取り組み続けることです。
その成果をできれば年に1度は全社的な大会の場で、そして毎月から3カ月に1度くらいは事業部や部単位で「事例ノウハウ共有」を行いたいものです。同時に「仕組み3 褒める」の日常的な「褒める文化」作りと、「表彰制度」も始めましょう。
これらの推進や制度作りと実施も、トップの説明や導入研修から間を空けずにタイミングよく投入したいところです。
最初は形ばかりでも構いません。仕組みを始めることが重要ですから。「事例ノウハウ共有」のための部会の運営の仕方や、共有のためのツール(社内報やグループウェア)なども実施のたびに見直し、改善していけばいいでしょう。
唯一慎重に進めたほうがいいのは「仕組み3 褒めるの<人事評価>」でしょうか。
同じ褒める仕組みの<表彰制度>はまず始めてから随時見直していけばいいですし、予算や表彰人数の都合で賞金が多少前後してもさほど問題にはなりません。
しかし会社としての正式な評価である<人事評価>となると、給料や昇進昇格に直結することになり、随時見直しというわけにはいかないでしょう。全社への導入となると試行期間なども含めて1~2年がかりになるのは仕方ありません。
会社が理念経営に本気であればあるほど、実現に向けた頑張りを正式な人事評価として認めてもらいたいのが社員のホンネでしょう。人事評価制度の構築・見直しは時間がかかるものと認識して当初から取り掛かり、社内に発表も含めて1年後には試行期間に入れるようにしたいところです。
3)1年間は全員の習慣となるまでしつこくやる。
「Step.2 社内への共有浸透」のプロセスの推進の仕方については、前回第9回でご紹介したA社、B社のケースも参考にしてください。
A社のように社長直轄のエバンジェリスト=伝道者を集めてプロジェクト的に進める方法もありますし、B社のように身近に感じられる表彰制度からゲーム的に始めてみるなど、各社の事情に合わせてカスタマイズすればいいと思います。
共通して言えることは、「Step.2 社内への共有浸透」のプロセスは、図で見る以上に取り組むべきことが多いということです。
今回のテーマである「理念の共有浸透をスピーディに進めるには」の答えとしては期待外れかもしれませんが、私は社内への共有浸透をご支援する際に「1年間はトップ自らが旗を振りながら、しつこくやり続けてみてください」と伝えるようにしています。
社内への共有浸透に特急コースなどないのです。継続・向上させていくためにも、一人ひとりの気付きややる気を引き出しながら地道にコツコツやることが、結局は一番の近道です。
1年とは言いましたが、しつこくやり続けていると、「こんなことにトライしてみたら、お客様からこんな言葉をいただきました」といったうれしい報告が1カ月後くらいには現場から次々と届くようになります。
3カ月もたてば、内容のレベルもさらに上がり、より多くの現場からうれしい報告が入ってくるようになるはずです。日本的な組織であれば、ある一定の割合が機能し始めると、周りもいつのまにか染まり始めます。
ふだんから仕事に対してやる気のなさそうだった人までが、嬉々として活動に参加していたりするのです。会社や組織によって差はありますが、1年後には全員がかなり高いレベルで理念の実現を意識しながら行動できるようになっていることと思います。
1年しつこくやり続けなかったらどうでしょう。
どんな活動でもそうですが、一旦スピードダウンしたり停止してしまうと、再開したり加速するには当初以上に時間とエネルギーがかかるものです。
当然スピードも落ち、当初想定の2、3倍かそれ以上に時間がかかります。なかなか到達点にいかないと士気も下がって、「もういいや」となってしまう可能性も高いのです。
「1年はしつこくやり続ける」意図は、習慣化させることにもあります。人間は複雑な行動であっても一旦体が覚えてしまうと、以降は難なく実行できたりするものです。
自転車や自動車の運転などがそうでしょう。乗れるようになるまでは何度も失敗や痛い思いをして、心が折れそうになりながらやっていたはずなのに、一旦乗れるようになると嘘のように自然と体が動くのです。
理念実現への行動も同じです。体が覚えて習慣化されれば、深く考えたり悩むまでもなく自然と体が動くようになります。
レベルを向上させるために常に「もっとよい方法はないか」と考えることも習慣です。“カイゼン”を世界共通語にしたトヨタの社員は、毎回意識して改善を考えているというより、習慣として常にもっと改善できないかと考える癖がついているのです。
それには1カ月や2カ月では足りなくて、1年という習慣化の時間が必要なのだと思います。やがて企業におけるよい習慣は他社にない企業文化となり、他社が容易に真似のできない強みにさえなっていくのです。
「1年間は全員の習慣となるまでしつこくやる」前提として忘れてほしくないのは、マストIの「トップと上司が社員に語り続ける」ことです。
上がしつこくやり続けようとしない限り、下はやり続けようと思わないからです。トップが役員会で「会議の冒頭の理念の唱和は昨日もやったし、今日は議題も多いからいいな」と止めてしまったとたん、それを見ていた役員も真似をして担当事業部の会議で省略するようになります。
1週間もすれば、どの会議でもやらなくなっている。下は上の人たちの行動を本当によく見ているものです。
3 「お客様の声を大切にしたい」ならカスタマーセンターを外注してはいけない
理念実現の活動は社内の次には、社外のお客様に伝わっていかなければ意味がありません。が、それは社内への共有浸透に取り組んでいるうちにすでに始まっているのです。
顧客接点のある社員の理念の実現に向けた行動は、すでにお客様に伝わっているからです。その姿に共感し、応援してくれるお客様が生まれているはずなのです。
また直接には顧客接点のない社員の行動も、製品やサービスの形となって、お客様に届いているに違いありません。社外への共有浸透は、社内への共有浸透が進めばそれだけでも十分といえるかもしれません。
「Step.3 社外への共有浸透」とは、理念の浸透した採用・教育・組織作りや、マーケティング戦略、ブランド構築など、理念の実現に向けた自社ならではの戦略的な取り組みを指しています。
あえてStep.3としているのは、会社の強みとして考える部分をさらに意識的に社外に向けて発信していくべきと考えるからです。
例をあげましょう。経営理念に「お客様の声を大切にしたい」と掲げている会社なら、お客様の問い合わせ先であるカスタマーセンターを効率化できるからという理由で外注してはいけません。むしろ絶対に外注しない、会社のコアとなる部門として位置付けなければならないのです。
社員がカスタマーセンターへの異動の辞令を受け取ったときに、仲間から「会社の中枢部署への異動だね、すごいね」とうらやましがられているでしょうか。大げさに言っているわけではありません。それくらい会社の意思として「お客様の声を大切にしたい」という気持ちが社内に浸透してこそ、理念の実現に近づけるのですから。
経営理念で「人を生かす」というのであれば、人事部や教育部門に経営資源を大いに割くべきですし、部下を生かす立場の上司やリーダーの育成方法も常に磨き続けていく必要があるでしょう。
Step.2の社内への共有浸透が一段落するのを待つ必要などありません。スピーディに取り組みたいのであれば、Step.3の社外に向けた共有浸透の取り組みも並行して進めていけばいいのです。
以上、「理念の共有浸透をスピーディに進めるには」という疑問に対する私なりの答えを述べてみました。理念の共有浸透はトップと上司が社員に語り続けながら、社員一人ひとりが地道に取り組んでいくことであって、近道はありません。
お話ししてきたようなポイントに気を付けながら、1年間は全員の習慣となるまでしつこくやり続けること。すると結果的にスピーディかつ継続・向上させていくことになるのです。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回は「理念経営で儲かりますか」というホンネの疑問にお答えしたいと思います。
(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容を一部改編したものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。
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