ヴェラは海の夢を見る(2021)
東京国際映画祭で、カルトリナ・クラスニチ監督の「ヴェラは海の夢を見る」(「Vera Dreams of the Sea」)を観た。現代のコソボを舞台とした、60代の(比較的地味な)女性ヴェラを主人公とする物語。
今は誰も住んでいない田舎の家を売りに出してもなかなか買い手がつかなかったのが、将来その村のそばに高速道路が通ることが内定したおかげで思いのほか良い値段で売れることになり大喜びのヴェラ。これで母子家庭の娘と孫娘のために家を買ってやれるし、自分の住んでいる家も綺麗に手入れができると夫に報告するのだが、その直後に夫が何の前触れもなく遺書もなく自殺してしまう。
それだけでもショックなのに、田舎の家の隣に住んで家の管理をしてくれていた男が突然やってきて、「あなたの夫は田舎の家を自分と息子にくれると約束していた。だから譲渡書類にサインしてくれ」と寝耳に水の話を持ち出す。「そんな話は聞いたことがないし、遺書もない。そもそも田舎の家は売りに出していて、娘と孫の将来のために必要だからサインできない。家は夫のものでもあるが、私のものでもある」と返したら、今度は田舎の近所の男たちがゾロゾロとやってきて「おれたちも家を譲ると言っているのを聞いた。嘘じゃない。そもそも家というものは女のものじゃないし、受け継ぐのは男である。だから彼と彼の息子に譲渡するのが筋だ」と寄ってたかってヴェラを責める。
夫の一番の友人だった男に相談しても、「一刻も早く書類にサインして、家を彼に譲るべきだ。それが亡くなった彼の遺志なんだ」の一点張り。
それでも、まったく納得できないヴェラは必死の抵抗を試みるが、徐々に彼女や娘の周りで恫喝めいた行為が起こり始め、ヴェラは追い詰められていく…。
これはコソボに限った話ではないが、世の中は男性を中心に回っていて、女性は土地が持てないだとか男性に逆らってはいけないとか何かを主張してはいけないとか…そういった"性別による理不尽な不利益"をこの映画は小さな出来事を積みあげながら静々と訴える。
劇中、ヴェラは彼女なりに静かに抵抗を続けるのだが、一方で娘からは「あなたが教えてくれたのは、家事と、父親に逆らわず黙って従う生き方だけだ!」となじられたりもする。
ヴェラが耳が不自由だった母親から譲りうけた"唯一の遺産"だと語る「手話」。その技術で手話通訳者として生きてきたヴェラはまたこの映画において"声を持たない人の代弁者"というイメージも担っている。
主人公の名前である「Vera」は、アルバニア語で「夏」を意味する言葉なのだそう。だから、このタイトルは「夏の海の夢」といったニュアンスである。
コソボは陸に囲まれた国で、海がない。男性の身勝手な主張や高慢なプライドに囲まれたコソボという国を舞台に、その向こう側にあるはずの「海」を目指す女性の物語は、世界のあちこちで不当に扱われる女性たちの自由と希望でもある。
監督によるトーク:
https://youtu.be/jCQBvHb6Yrk