愛媛県の聖地巡礼今昔
はじめに
この秋公開されたアニメ映画「がんばっていきまっしょい」は愛媛県松山市が舞台の作品で、現地での聖地巡礼に出かけるファンも少なくないといいます。
アニメの聖地巡礼という分野が市民権を得るようになって久しい今日この頃ですが、実はそのはるか以前から愛媛県を舞台として描かれた文学作品や映画、テレビドラマが数多く存在し、ゆかりの地が多くの観光客で賑わっていた歴史があるのもまた事実です。
今日は、愛媛県における聖地巡礼の歴史について、拙文ながらまとめてみることにします。
◆実は長い歴史を持つ愛媛県の聖地巡礼
「がんばっていきまっしょい」が世に出るよりはるか以前から、愛媛県が舞台の文学作品やテレビドラマ、アニメ映画は数多く存在しました。
以下でそのうち主なものを紹介します。
◆坊っちゃん
愛媛県において聖地巡礼の文化が生まれるきっかけとなった作品は、おそらく1906年に夏目漱石が著した「坊っちゃん」ではないかと思われます。
作者が愛媛県尋常中学校、つまり「がんばっていきまっしょい」の舞台のモデルとなった愛媛県立松山東高校の前身にあたる学校に赴任した際の体験をもとに書いた同作は、その後120年近くに渡り読み継がれています。
作中での松山という地域の扱われ方はお世辞にも良いとは言えないにもかかわらず、松山市内には「坊っちゃん列車」、「坊っちゃんスタジアム」、「坊っちゃん団子」など「坊っちゃん」の名を冠した施設や土産物が数多く存在、気が付けば「坊っちゃん」は松山の地において、文学を生かした町おこしの草分けになっていました。
◆坂の上の雲
昭和40年代に発表された、司馬遼太郎の長編歴史小説「坂の上の雲」の主人公である秋山真之海軍中将、秋山好古陸軍大将、正岡子規はいずれも松山市出身。
平成時代になり、松山市は同作ゆかりの地が点在する市域を、「屋根のない博物館」に見立て、その一環として2007年に松山城近くに「坂の上の雲ミュージアム」を開館。その後同作が2009~11年にかけてNHKでテレビドラマ化されたこともあり、同作目当ての観光客を呼び寄せることができました。
◆おはなはん
「坂の上の雲」の連載が産経新聞夕刊で始まったのは1968(昭和43)年のことですが、この2年前の1966(昭和41)年に愛媛県を舞台にしたテレビドラマが一世を風靡しました。
その作品とは、NHK朝の連続テレビ小説「おはなはん」です。
当時新人の樫山文枝さんがヒロイン・浅尾(速水)はなを演じ、一躍社会現象になった作品として語り継がれている作品ですが、ヒロインの出身地は城下町の古い町並みが残る愛媛県大洲市という設定で、撮影のロケも同市で行われました。
放映から60年近くが経過した作品ではありますが、当時ロケが行われた歴史的な町並みは「おはなはん通り」と名付けられ、現在も観光地として賑わっています。
◆東京ラブストーリー
「おはなはん」と並んで、愛媛県が舞台のテレビドラマとして名前が挙がることが多いのが、1991年にフジテレビ系で放映された柴門ふみさん原作の「東京ラブストーリー」です。
同作では織田裕二さん演じる主人公・永尾完治(カンチ)が愛媛県出身と設定されており、第十話と最終話ではカンチが故郷の愛媛県に帰郷し、鈴木保奈美さん演じるヒロインの赤名リカ(リカ)と再会、故郷を案内することになるシーンがありました。
愛媛編については松山市・大洲市・上浮穴郡久万町(現久万高原町)・伊予郡砥部町でロケが行われ、先述の「おはなはん通り」は再びテレビドラマのロケ地として脚光を浴びることになりました。
また、カンチの母校という設定で、カンチとリカが相合傘の落書きを残した久万町立久万中学校の校舎や、カンチとリカが鉄柵にハンカチを結びつけた伊予鉄道高浜線梅津寺駅の高浜行きホームは、その後聖地として視聴者の来訪が後を絶たないスポットになりました。
久万中学校の校舎は老朽化のため惜しまれつつ解体されたものの、梅津寺駅のホームの鉄柵については説明板が設けられたうえ、今も各地から訪れたカップル達がハンカチを結びつけて帰っているといいます。
◆すずめの戸締まり
2022年に公開された新海誠監督のアニメ映画「すずめの戸締まり」は、近年大きな災害で被害を受けた日本の各地を舞台にした作品ですが、舞台のうち1つが2018年7月の西日本豪雨の被災地である愛媛県西予地方で、八幡浜港のフェリー乗り場や予讃線のキハ54系普通列車が登場しています。
◆私を喰べたい、ひとでなし
苗川采さんの百合漫画「私を喰べたい、ひとでなし」は、2020年の角川書店「電撃マオウ」での連載開始以来人気上昇中で、2025年にテレビアニメ化が予定されているそうですが、舞台は愛媛県伊予市近辺。
予讃線の普通列車や駅が登場する場面もあり、アニメ化後に聖地巡礼に訪れるファンが増えるのではと思われます。
◆そのほか愛媛県を舞台にした作品いろいろ
厳密には愛媛県が舞台というわけではないですが、愛媛県がロケ地のひとつになった作品、愛媛県に実在するスポットをモデルにした建物が登場した作品もあります。
前者の例が、西谷弘さん監督、福山雅治さん主演の映画「真夏の方程式」(2013年)。
舞台設定は静岡県の伊豆半島とされているそうですが、冒頭の「玻璃ヶ浦駅」のシーンが撮影されたのは、松山市の伊予鉄道高浜線高浜駅です。
後者の例が、宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」(2001年)。
同作に登場する「油屋」なる湯屋のモチーフの一つが道後温泉本館とされています。
また、ノーベル文学賞受賞作家の大江健三郎(1935~2023)は愛媛県喜多郡内子町の旧大瀬村出身で、その著作の中には「万延元年のフットボール」など同地域が舞台となっているものがいくつかあり、聖地巡礼に訪れる文学ファンもいるようです。
■おわりに
以上、長文にはなりましたが、愛媛県を舞台にした文学作品、映画、テレビドラマ、アニメとそれに付随した聖地巡礼の今昔を振り返ってみました。
愛媛県に限らず、四国の各県が舞台となっており、なおかつゆかりの地が観光スポットになっている文学作品やテレビドラマ、アニメ、映画は思いのほか多く、この記事で紹介しきれなかった作品も数多いです。
本業の多忙によりいつになるかは分かりませんが、そう遠くないうちに香川、徳島、高知の各県を舞台にした作品についての聖地巡礼の歴史と現状、そこから見えてくる方向性についてもまとめてみようと思いますので、しばしお待ちのほどよろしくお願いします。