古典的な兵站理論から導き出される軍事の洞察はどのようなものか?
軍事学の歴史においてアメリカ海兵隊員ジョージ・ソープ(George C Thorpe)はいち早く兵站の重要性を認識し、その分析を試みた研究者とされています。ソープの著作『理論兵站学(Pure Logistics)』が出版されたのは1917年であり、第一次世界大戦(1914~1918)の教訓が反映される前の時代の業績ですが、現在でも研究者の間では高い評価を受けています。
ソープの軍事理論では、戦略や戦術と支援する基盤的な機能として兵站が位置づけられています。戦術は「戦闘において軍事力を使用する理論」であり、戦略は「戦争目的のために戦闘を活用する理論」ですが、兵站は「これら二つを一緒に結び付け、目標を達成するための手段を提供する」ものとして説明されています。ただし、兵站は軍隊が能力を発揮できるように、十分な質と量の物的資源を集積することだけにとどまっていません。
ソープは兵站運用が不適切に実施された場合、十分な物資があったとしても、部隊行動を支援することができなくなる場合があると主張していました。このことを示すために、ソープはナポレオン戦争(1804~1815)でフランスが大敗し、皇帝ナポレオンが没落する大きな原因となった1812年のロシア戦役における兵站運用の失敗を取り上げています。この戦役でフランス軍は物資が不足していたわけではなかったにもかかわらず、部隊を支援できなくなった理由として、上級部隊の統制と下級部隊の執行を組み合わせることができていなかったとソープは主張しています。
こうした問題意識の下でソープは理論兵站学(pure logistics)という研究領域を確立することを提案しています。その主な目標とされているのは最適な兵站組織を解明することであり、どのように兵站組織を設計すれば最適な兵站運用が可能になるのかを探求することが目指されています。ソープの理論兵站学では、組織論的アプローチが一貫して使用されており、戦争を遂行するための機能を組織の階層のどこに配置し、それを上級、下級の階層の機能とどのように相互作用させるかを考えていました。
例えば戦略は政府の所掌とされており、それを決定することは文民の政治家の責任であると述べています。政府の一員である海軍長官は、この戦略を踏まえて決定を下す立場にあり、政府に対しては受動的に行動しますが、海軍に対しては能動的に行動することが期待されており、政府によって決定された戦略を海軍として実行するために積極的に機能しなければなりません。政府の機能は全体としての戦略を決定する段階までにとどめるべきであり、この海軍の固有の機能にまで干渉するべきではありません。このように役割を明確に配分することが効率的な組織行動を促進します。
兵站組織でも、このような中央統制と分散執行のバランスをとることが重要であり、ソープはこの理想的なモデルをプロイセンの軍事制度から導き出しました。組織の階層において高い地位にいる権限者は、予算管理や情報管理で中央統制を図るべきですが、そのことによって下級の階層における分散執行を妨げることがあってはなりません。状況が変化した際に、柔軟な対応ができるような組織構造を維持することが重要です。つまり、それぞれの階層の部隊で指揮官を補佐する兵站幕僚の配置が必要とされています。
兵站の研究でイメージされやすいのは物資の調達や輸送だと思いますが、この記事で示したようにソープの議論の焦点にあるのは兵站業務の効率的な運営です。現代でも兵站活動を適切にするために、融通性を備えた組織を構成することが重要であると考えられていますが、状況の変化に備え、臨機応変に対応できるような分権的な組織を持つべきであるというソープの考え方は今でも原則として受け入れられています。不確実性に対応しなければならない組織は軍隊だけに限りません。経済性だけを追い求めると、組織から強靭性が失われるという指摘はあらゆる組織にとって重要であると思います。
見出し画像:Airman 1st Class William Tracy
参考文献
Thorpe, George C. (1986). Pure Logistics: The Science of War Preparation. Washington: National Defense University Press.
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