【翻訳資料】軍事地理でウクライナ戦域の特性を解説する「ステップにおける戦闘」（1951）

戦争における軍隊の行動は気候、河川、地形、植生、人口、交通、産業など多種多様な地理的要因の影響を受けます。地理的要因を考えて戦闘行動を決める重要性はどれほど強調しても足りないほどであり、軍事学のあらゆる研究領域と関係があります。

軍隊の編成、武器や装備、戦略や戦術に比べれば、地理上の要因が変化する程度はごくわずかであるため、地理の知識は戦争の歴史を理解するための確固とした基礎になります。また、これから起こる戦争がどのような様相を呈するかを予測する際にも、地理を知っていることが役に立つと私は考えています。

ここに訳出したのは、独ソ戦（1941～1945）においてドイツ軍とソ連軍の作戦行動に影響を検討した「ロシア戦役における地形効果（Terrain Factors in the Russian Campaign）」（1951）の第7章「ステップにおける戦闘（Combat in the Steppes）」です。

これはアメリカ陸軍が、独ソ戦に従軍した複数のドイツ軍の将官の協力を得て、1951年6月14日付に作成した資料です。記述の内容はドイツ軍の視点に限定されていますが、実戦を観察する中で得られた地理知識が盛り込まれています。

現在、ロシアとウクライナとの間では緊張が高まっており、近い将来に大規模な戦闘が発生する恐れがあります（その経緯に関しては長くなるので、過去記事の「ウクライナの国境地帯で軍事的緊張が高まる中、アメリカは何をすべきか？」、「研究紹介 クリミアと東ウクライナでロシアは成功を収めたと言えるのか？」を参照してください）。

第7章に記されたウクライナの地理的特性に関する記述を読んでおくと、戦闘が発生した後で情勢を分析する際の参考になると思いました。そこで過去に自分の勉強のために作った訳文を全面的に書き直したものを公開します。地理用語や歴史用語に関しては調べが必要な読者もいらっしゃると思いますので、Wikipediaへのリンクを用意しました。

英語資料が読める方々については、元の資料で読まれる方がよいと思いましたので、次のリンクから資料のPDFファイルをダウンロードできるようにしておきました。

Terrain Factors in the Russian Campaign(1951).pdf

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時間がない方のために重要なポイントを先取りしておくと、ウクライナで戦闘が始まったときに真っ先に考えるべきは、戦場となる地形があまりにも平坦であるということです。見通しがよいために、ロシア軍の攻勢を迎え撃つウクライナ軍は部隊や装備を防護できるような場所がほとんどありません。

このような地形では航空攻撃に非常に脆弱であることも説明されていますが、後半の部分は作戦、戦術に関する記述であまり一般向けの内容ではないため、有料公開にしています。ちなみに、戦略レベルでウクライナ戦域の地理的特性を考えたい方はこちらの記事ではなく、「論文紹介 マッキンダーのハートランド理論は遊牧民の歴史から導き出された」を参照されるとよいと思います。

ステップにおける戦闘（1951）

武内和人訳

　ステップという用語には、耕されていない荒地という意味があり、ソ連の領土、特にアジアの領土の大部分をこれに分類することができる。中世のヨーロッパでは、ロシアの領土の南部はすべてステップで占められていた。それ以来、ウクライナはロシアの穀倉地帯となり、ヴォルガ川以西のステップは次第に農地として利用されるようになっていった。ソ連はこの地域の干拓事業で大きな成果を収めている。

　第二次世界大戦でドイツ軍の部隊は、このステップの西端に進入したに過ぎない。ドニエプル川の下流域とアゾフ海の間に広がるノガイスカヤ・ステップでは、大兵力が参加する大きな軍事作戦が行われたが、現在ではステップと呼ぶにはふさわしくないほど農業が盛んな地域である。クリミア半島のステップには綿花の大規模農園だけでなく、果樹園まで点在している様子が見出され、ドン川沿いのステップでも一部で埋め立て工事が進められている。第二次世界大戦中にドイツ軍が到達した地域で、樹木が育たず、また放牧地として特徴づけることができるのは、ドン川とテレク川の間に広がるカルムイク・ステップだけである。

　ステップでは、春の終わりから、夏を経て、秋の初めに至るまで季節が温暖であり、機甲部隊と機械化部隊にとって絶好の戦場となる。そこは広大な平地であるため、どこに向かうにしても容易である。ただ一つだけ自然障害となるものがあり、それはバルカと呼ばれている。バルカは渓谷であり、たいていは高くて急な斜面を持ち、そこに茂みや雑木が密生している。ただ、バルカは偵察しておけば、避けて通ることができる。ステップにおいて、さらに深刻な脅威をもたらすのは敵の航空機である。というのも、敵の航空機から逃れることができる場所は、バルカ、点在する雑木、そして数が少ない集落に限られているためである。独ソ戦が開戦した当初、ステップではドイツ軍が航空優勢を獲得した。当時、隠れる場所がないために、撤退するソ連軍は非常に不利な状況に置かれた。