見出し画像

権威主義国家の強靭さを政治学的な観点から理解することの重要性

比較政治学では、国家の権力をどのように区分し、どのような方法で誰に分配するかによって政治体制を大きく二つに類型化することがあります。民主主義(democracy)は権力を機能別、領域別に区分した上で、それを特定の個人や集団に集中しないように幅広い人々に分配する政治体制であり、権威主義(authoriarity)は権力を統合、集約した上で、特定の個人や集団に集中するように分配する政治体制です。

歴史的な観点から見れば、世界で民主主義を採用する国家はますます増加する傾向が見られます。しかも、民主化は局地的に発生するものではなく、地域的な広がりを持って連載的に起こることが指摘されてきました。サミュエル・ハンチントンは『第三の波』(1991)の中で1828年から1926年、1943年から1962年、そして1974年から1990年代の3回にわたって民主化の動きがあったと述べています(Huntington 1991)。ただし、最近の調査では世界各国で民主化に逆行するような動きがあるという報告もあり、民主化が不可逆的な過程であるとは限らないことも広く理解されるようになっています。

比較政治学のデータベースであるV-Dem(Varieties of Democracy Project)によれば、2007年から2017年までの間にチュニジア、ネパール、ナイジェリアなどの16か国で民主化の進行が観察されましたが、その間にも民主化の逆行があり、特にトルコ、ハンガリー、ポーランド、ブラジルでは政治的自由を制限する動きが確認されています(Mechkova, Lührmann, Lindberg 2017)。2017年の段階で政治体制を評価できるだけの情報が取得できる165か国のうち106か国が民主主義と判定可能であり、その割合は64%になります。したがって、世界各国が全体として民主化に逆行しつつあるとまでは言えないものの、一部の地域では権威主義体制へと復帰し、それが根強く残存する兆候を見せていると判断できるでしょう。

権威主義体制に共通して見られる特徴としては、政府が行使できる行政権の範囲が広く、その程度も強いことです。議会や裁判所が政府の決定に拒否権を発動できるような権力分立が確立されておらず、政治制度でそのようなメカニズムが盛り込まれていたとしても、政治過程で政府から独立した行動をとることが妨げられます。したがって、政府が国民の大多数の公益を損なう行動を選択しても、その実施を静止することができません。このような体制を確立する際に政治家が選択できる方法は基本的に2つあり、一つは自分自身に行政権を集中させる方法、もう一つは集団に行政権を集中する方法であり、両者を組み合わせる場合も見られます。集団に権力を集中する方法に関しては、政党に依拠する場合と、軍部に依拠する場合があり、権威主義の分析では特にこれら二つの組織に注目します(e.g. Brooker 2014; Weeks 2014)。

最も一般的な形態の権威主義は個人に行政権を集中させるタイプの権威主義ですが、政党に依拠するパターンも少なくありません。例えば、ロシアや中国もこのパターンに該当します。意外に思われるかもしれませんが、少なくとも20世紀の世界では軍部に依拠した権威主義が一般的に想像されているほどには多くなく、長期にわたって存続することが少ないことも経験的に分かっています。最近注目されているロシアの政治でも、統一ロシアという政党組織を通じて支配体制が運営されています。軍部に依拠した権威主義が少ない理由は、既存の研究成果で説明することが難しいのですが、一般論として、行政権を思い通りに使いたい政府の首脳部にとって、武装した軍隊が必ずしも統制しやすい組織ではないことが大きいのではないかという見方をとることができます。

もし政治家が行政権の行使で軍部に依存しすぎると、軍部は政治家に対して強い立場を占めることになるので、例えば軍事予算の増額を要求し、それを受け入れなければ政権を揺るがす行動を起こすと脅すような交渉が可能になります。これは実際に帝政期のローマや、昭和期の日本で起きたことであり、これらの事例では政党が制度的に存在しないか、あるいは機能不全に追い込まれたので、軍隊が政府の首脳部に強い影響力を行使できる状況でした。軍隊は国家が行政活動を遂行する上で代替不可能な組織であるため、軍隊は体制が変動した後でも引き続き業務を担当できることが予想されるので、冷戦期の韓国やポルトガルのように近代化途上にあった国家では、軍隊のクーデターが民主化の発端となることもありました。政党に依拠して政権を運営する権威主義体制はクーデターを防止する上で何らかの優位性があり、だからこそ多くの国で採用されていると考えることができるでしょう。

したがって、現代の権威主義体制を理解するためには、政党の組織や活動に注目する必要があります。民主主義の国家では、政党は選挙で公職を得ることを目的とした政治組織であり、その主な機能は党員や支持者の組織化と動員であると考えられていますが、権威主義でも基本的な役割は同じです。ただし、その組織化と動員は有権者の自発的な意志によるものとは限りません。権威主義における政党の戦略にもさまざまな種類がありますが、例えば統一ロシアでは多数の企業を通じて従業員に投票させていることが報告されています。2011年のロシアにおける議会選挙の前後に経営者と労働者の両方の集団を対象とした調査では、経営者の20%以上が自分の経営する従業員を統一ロシアの動員に参加させていることが明らかにされていること、政府との継続的な契約に依存した部門の企業で一般的に行われていることが報告されています(Frye, Reuter Szakonyi 2014)。これは政治学の研究者の間で恩顧主義と呼ばれている戦略であり、政府の強い行政権を恣意的に操作できることの現れです。

もし特定国の権威主義体制を動揺させる政策を立案するのであれば、権威主義体制の特性を政治学的に理解しておく必要があります。その政権の基盤となっている特定の属性を持った集団の政治行動を変容させる必要があり、特に経済制裁を仕掛ける際には、被害を与える標的について慎重な選定が必要になるだろうと思います。さもなければ、経済制裁の規模に見合った政治的効果を期待することはできないでしょう。

参考文献

Brooker, P. (2014). Non-Democratic Regimes. 3rd ed. Basingstoke: Palgrave Macmillan.
Frye, T., Reuter, O., & Szakonyi, D. (2014). Political Machines at Work Voter Mobilization and Electoral Subversion in the Workplace. World Politics, 66(2), 195-228. doi:10.1017/S004388711400001X
Huntington, S. (1991). The Third Wave: Democratization in the Late Twentieth Century. Norman: University of Oklahoma Press.邦訳、坪郷實、中道寿一、藪野祐三訳『第三の波:20世紀後半の民主化』三嶺書房、1995年
Mechkova, V., A. Lührmann & S. I. Lindberg (2017). How Much Democratic Backsliding? Journal of Democracy 28(4): 162–9.
Weeks, J. L. P. (2014). Dictators at War and Peace. Ithaca, NY: Cornell University Press.

関連記事


調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。