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論文紹介 中国の原子力潜水艦の核打撃能力は地理の影響を受ける

核戦略は国家安全保障の目的を達成するために核戦力を準備し、運用する方策を指定する戦略の一分野ですが、その内容は核兵器を構成する運搬手段に応じて細かく区分できます。地上から発射する弾道ミサイルでも、移動式とサイロ式で運搬手段の脆弱性が異なってくるため、戦略的運用の考え方はそれぞれ異なります。海中から発射されるように設計された潜水艦発射弾道ミサイル(submarine-launched ballistic missile, SLBM)は、原子力潜水艦を発射母体とするため、特に脆弱性が小さい運搬手段であるといえます。

これは原子力潜水艦が原子炉を機関部に塔載し、長期にわたる潜航が可能であることと関係があります。核戦争が勃発したとき、原子力潜水艦は敵の第一撃で撃破されない可能性が高いと考えられるため、核戦略の議論では原子力潜水艦は第一撃に使うのではなく、第二撃のための核戦力として位置づけられることになります。核戦略の思想は時代や地域で変化してきましたが、原子力潜水艦は今でも核保有国にとって脆弱性が小さいことが重視される核戦力であり、報復能力を確保することで相手を強く抑止しようとしています。この発想はアメリカやロシアだけでなく、中国にも共有されています。

2023年1月の時点で中国海軍は原子力潜水艦6隻を運用していることが確認されています(IISS 2023: pp. 237)。最近の中国で原子力潜水艦が増勢されていることに対してアメリカは警戒を強めていますが、中国の原子力潜水艦の軍事的な影響については、中国の軍備拡張に対する関心が高まった2010年代から分析が進んでいました。以下の論文もそのような取り組みの一つとして挙げられます。古くなった内容もありますが、ここでは核戦略に関連する軍事地理的分析を中心に紹介してみたいと思います。

Wu Riqiang. (2011). Survivability of China's Sea-Based Nuclear Forces, Science & Global Security, 19: 91-120. DOI: 10.1080/08929882.2011.586312

この論文の目的は、中国海軍が原子力潜水艦の運用を変化させた場合にアメリカの核戦略に及ぼす影響を評価することです。そもそも、原子力潜水艦が国家に第二撃能力を提供するには、海中で敵の艦艇に捕捉、撃破されないことが求められます。潜水艦は水中を立体的に動けるという特性がありますが、水上艦艇に移動する速度では劣っているため、位置を掴まれると極めて危険な状態に置かれます。水上艦艇はソーナーを使って水中の潜水艦を探るので、、海中で静粛に行動できるかどうかが原子力潜水艦の脆弱性、引いては国家が核戦略で第二撃能力を持てるかどうかを決する重要な要因になります。

各国が運用する原子力潜水艦の静粛性の程度に関する情報は秘密扱いであるため、その詳細を研究者は知ることはできません。しかし、著者はアメリカ海軍情報局が出している報告書で中国の094型原子力潜水艦の静粛性がどのように評価されているのかに注目することで、大まかな性能を把握しようとしています。その内容によれば、094型は旧式の093型より改善があったものの、ロシア海軍のデルタ型原子力潜水艦より静粛性で劣っているという趣旨の記述があります(Ibid.: 98)。さらに、潜水艦が探知されやすい程度は、潜水艦の性能だけで決定するものではなく、海中の環境で音の伝わり方にも左右されると指摘しています。

海中で潜水艦の探知を妨げる要因として最初に思い浮かぶのは騒音ですが、海水音の音波伝搬の分析では、塩分の濃度、水温、水圧の影響も考慮されます。基本的に対潜戦で敵潜水艦を捜索する場合、周波数が100ヘルツ以下となる低周波水中音から潜水艦の音を特定することが課題になります。この低周波水中音の伝搬モデルとしては、シュルキンとマーシュのモデルがあります。これは海水の中で音源から音波が発生してから、それが減衰していく過程を表した方程式であり、1962年に提案されたものです(Schulkin aned Marsh 1962)。このモデルに基づいて著者は中国海軍の原子力潜水艦の安全を確保しつつ哨戒が可能な区域、つまり哨区の位置を考察しています。

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