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論文紹介 兵士の結束を強化するため、軍隊はいかに訓練を活用するのか?
軍隊は戦闘状況で兵士が協働し、部隊として任務を遂行できるようにするため、さまざまな社会的メカニズムを開発してきました。厳格な規律や罰則、魅力的な報酬や勲章は、その一部にすぎません。
今回の記事では、軍事社会学の参与観察の方法を用いて、軍隊が兵士の間の関係を強化するメカニズムとして戦闘訓練の効果を調べたアンソニー・キングの軍事社会学の研究論文を紹介します。
King, A. (2006). The word of command: Communication and cohesion in the military. Armed forces & society, 32(4), 493-512. https://doi.org/10.1177/0095327X05283041
軍事社会学の研究では、軍隊の構成員の間に強固な連帯が作り出される理由をさまざまに説明してきました。定説とされてきたのは、部隊を構成する兵士同士が非公式なコミュニケーションを通して親密さを形成するというものです。第二次世界大戦でドイツ軍が高い戦闘効率を発揮して戦うことができた要因として、ドイツ軍の兵士は互いに顔と名前を認識できる程度の規模の集団、つまり第一次集団(primary group)の親密さの度合いが重要であるという説明がなされてきました。
これは一見するともっともらしい説明なのですが、著者は一面的であると批判します。確かに軍隊の構成員の間で見出される社会関係の密度は重要ですが、著者こうした意味での仲間意識の強さは、軍隊に固有の現象ではないとして、軍事的な連帯が独特な強さを持つことの説明として不完全だと批判します。むしろ、軍隊が兵士に対して施す訓練の内容が、兵士間のコミュニケーションを強化し、それが部隊に帰属しているという自己認識を強化していることの方が重要だと主張しています。
「軍隊が集団の結束を維持するには兵士同士のコミュニケーションが極めて重要である。武器の操作をはじめとして、それぞれの兵士の技能のすべてをコミュニケーションによって調整するため、それは兵士が学習すべき基本の訓練だと論じることもできる。軍隊は連携している限りにおいて強力であるのであって、コミュニケーションは兵士にとって最も重要なことである。これらコミュニケーションの訓練を分析することで、現在の軍事社会学が非公式な社会的実践を過度に強調するバイアスを正すことができる」
著者はこうした問題意識を持ってイギリス海兵隊の戦闘訓練に参加し、どのようなコミュニケーションを通じて意思疎通が図られているのかを調べています。イギリス軍の戦術レベルのコミュニケーションにはいくつかの様式があるのですが、それは命令(order)、信号(signal)、そして交戦時の指揮(commands on contact)という3つの基本的な手法が確立されています。
命令は、組織の指揮系統を通じて伝達される画一化されたコミュニケーション様式であり、一定の手順に従って行われています。その内容は常に論理的に一貫した構造を持つように作成されます。著者は、戦術レベルの作戦命令が兵士に伝達される際に、一般的な地図ではなく、現地の地形の起伏を模した砂盤を用いることを紹介しています。
砂盤は、砂でさまざまな地形を表現し、その上に建物の模型や河川などの位置を標示する平たい大きな箱です。命令下達において兵士はこれを集団で観察し、現地の地形や状況を視覚的に共有しながら、戦闘計画を理解します。多くの人々が集団的に共通の理解を確立するためには、その象徴となる物体が不可欠であるというエミール・デュルケムの学説を引きながら、著者はこうしたコミュニケーションの手続きが部隊として行動するために必要であることを強調しています。
命令下達にこのような手間をかけている最大の理由は、戦闘が始まれば、もはや部隊の内部でコミュニケーションをとることが難しいことが関係しています。現代戦で兵士は夜間に行動する場面が多く、視覚に頼って地形を確認できる機会が制限されます。また、敵火に晒されることを避けるため、兵士は常に一定の間隔を保って移動し、砲撃などで一度に複数の兵士が犠牲になることを避けなければなりません。発声にも危険を伴うので、可能な限り部隊が行動に移る前に共通の認識を確立していることが重要です。それでも、現地に入ってから、とっさに仲間同士で情報をやり取りしなければならない場面もあります。
著者は海兵隊の夜間演習に参加していたときに、ある小隊と行動を共にしています。その際に部隊は手信号を通じたコミュニケーションで情報を共有していたことを報告しています。この手信号を効果的に用いれば、夜間に前進目標に向けて移動していた海兵隊員は一言も発せずに停止することや、再出発することができました。
敵の部隊と接触して銃撃が始まると、それぞれの部隊は交戦時の指揮というコミュニケーションの様式に基づいて行動を統制します。戦闘では射撃と運動(fire and movement)の戦術の基本に従いますが、それは一方で味方の部隊が移動する際に、別の味方の部隊が他方から敵に対して掩護射撃を行い、それを交互に繰り返しながら攻撃前進するという行動パターンをとります。著者はこの際に指揮官がプロンプト・ワード(prompt words, pro words)をどのように使用するのかを観察しています。
プロンプト・ワードというのは、冗長さを最小限にして、わずかな語彙だけで部隊の行動を的確に指示できるように設計された専門語です。プロンプト・ワードは、普段の訓練で使用しているので、指揮官がそれを発すれば、部下は条件反射的に求められた動作をとることが可能です。実戦で強いストレスに晒されていたとしても、プロンプト・ワードであれば部下はそれを直ちに理解できるので、部隊としての行動が滞りにくくなります。
「高度に訓練されたチームでは、コミュニケーションが極めて速くなり、構成員は慣れ親しんだ最小限の信号に自動的に反応する。イギリスの特殊作戦部隊で勤務した経験を持つ、初級士官訓練チームの海兵隊士官の一人が強調していたのは、これらの部隊では構成員が相互に慣れ親しみ、交戦したときに他の構成員がどのように反応するかを本能的に理解できるようになったということである。部外者にとって、よく訓練された集団では、コミュニケーションが不要になるように見えるが、実際にはこれらの集団が非常に巧妙に機能するのは、コミュニケーションが非常に効率的であるためである。これらの集団は訓練において互いに集合しながらの訓練を積み重ねることに何日も、何週間も費やすので、コミュニケーションが緻密になり、不要なものが削ぎ落されている」
ある戦闘訓練で、著者は海兵隊のある初級士官が敵と接触した後、道路沿いの土手に部隊を避難させたときの経験について著者は報告しています。敵との距離はおよそ200メートルで、土手から敵の陣地に向けて有効な射撃を実施することは困難でした。そのため、指揮官は指揮下の分隊に左手にあった射撃に適した位置に移るように指示し、その部隊が敵に対して掩護射撃を実施できるようにしてから敵陣地に続く溝に沿うように残りの部隊を突撃させています。
この指揮官に対し、ある軍曹は後で射撃位置に分隊を配置させたときに、「最終位置(final position)」というプロ・ワードの一種を使うように指導していました。最終位置という用語には、分隊に単なる移動を命じるだけでなく、そこで掩護射撃を実施するという役割を明確にする意味があるため、それを使用することで不要な誤解を避けることができるというのが理由でした。
当時の状況から、その分隊が掩護射撃を実施することが期待されていたことは推測可能でしたが、軍曹はそのような状況の曖昧さを排除し、正しいプロワードを使うように指揮官のコミュニケーションを訓練していたことになります。戦闘訓練の多くはこうしたコミュニケーション能力の訓練に関わるものであったと著者は評価しています。
部隊内の第一次集団の親密さは著者の参与観察でも確認することができました。訓練の合間に下士官は若手の士官と談笑し、そのトピックは個人的な話題、例えば最近の性的活動に及ぶこともありました。しかし、著者はそうした非公式な交流の重要性を過大評価すべきではなく、戦闘員として要求される専門的コミュニケーション能力の程度の重要性に研究者は目を向けるべきだと論じています。軍隊が複雑な部隊行動を調整するためのコミュニケーション能力を訓練しているからこそ、兵士は部隊の一員として機能するのです。
見出し画像:U.S. DoD, Marine Corps Cpl. Evelyn Doherty
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