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論文紹介 なぜ「戦いの原則」の有用性を一概に否定すべきではないのか?

軍事学では、戦いの原則(principles of war)を明らかにすることが長年の課題だとされてきました。戦いの原則とは、異なる時代、異なる地域、異なる軍隊が戦い方を決める際に、基本とすべき原則をいいます。例えば、達成すべき目標を明確にするという原則や、戦力を必要な時期、場所に集中するといった原則がこれにあたり、さまざまな国の教範で記述されています。

しかし、どのような基準で戦いの原則を判断すべきかは論者の立場で異なります。批判的な研究者は、戦いの原則に本質的に価値がないと主張し、その使用に反対することもあります。Lanir(1993)は、戦いの原則が広くこのような批判があることを認めつつも、その批判が一面的であり、有用性を全否定すべきではないと議論しています。

Lanir, Z. (1993). The “principles of war” and military thinking. Journal of Strategic Studies, 16(1), 1–17. doi:10.1080/01402399308437502

著者は、各国の軍隊の教範に記載された戦いの原則を比較し、その内容がほとんど一致していることを指摘するところから議論を始めています。現代の戦いの原則の原型を示したのは、イギリス陸軍の1920年版『野外要務令(Field Service Regulations)』であり、その第2巻第1章で「戦いの原則」が示されています(翻訳資料:英国陸軍『1920年版野外要務令』「戦いの原則」の翻訳)。

アメリカ陸軍はそれと同じ内容を1921年版の教範に採用し、イギリス陸軍が戦いの原則を教範に記述しなくなった後も使い続けました。著者は、戦争のような不確実な状況に置かれた人間の心理として、最小限度の認知負荷で戦況を分析し、決定を下す規範として、戦いの原則が必要とされたのではないかと考えています。しかし、そのような単純化が行き過ぎれば、かえって混乱を招く恐れがあることも事実であり、だからこそイギリスの教範からは削除されました。

著者は、このような対立が軍事学の歴史で古くから起きていたことを示しています。フランスの軍人モーリス・ド・サックスは、あらゆる科学には原則があるが、戦争はすべてが「闇に覆われている」と主張し、戦争に科学的な法則があると想定すべきではないという立場を明確にしました。しかし、このような立場に同調する研究者ばかりではなく、戦いの原則をめぐる議論は近代の軍事学で重要な位置を占めていました。

18世紀のプロイセンで多くの著作を残したアダム・ハインリッヒ・フォン・ビューローは、作戦基地が作戦方向に対して垂直的な広がりがあることを原則として主張しました。これは野戦軍が後方支援を受け取るための作戦線の構成によって勝敗が決まることを前提にすることで、外線作戦の態勢で部隊を運用することを原則とする試みでした。20世紀にイギリスではフレデリック・ランチェスターが戦闘の数理モデルを構築していますが、これも戦力の集中という戦いの原則の一つの妥当性を示すことを目的としたものでした(【翻訳資料】一から学ぶランチェスターの法則「集中の原則」(1916))。ジョン・フレデリック・チャールズ・フラーは、1920年にイギリス陸軍が策定した教範の執筆に携わった軍人であり、彼は1926年に出版した『戦争学の基礎(Foundations of the Science of War)』と題する著作でほとんど同じ原則を示しました。

カール・フォン・クラウゼヴィッツは、このような戦いの原則に批判的であった人物として参照されることが多いのですが、著者はこのような解釈が一面的であると主張しています。確かに、クラウゼヴィッツは、戦争が本質的に社会現象として理解されるべきものであって、ビューローのような形式的なモデルで捉えきれるものではないという立場をとっていました。しかし、クラウゼヴィッツは戦いの原則の価値を全面的に否定したわけではありません。それが教育において非常に有用なものであることを認めており、自らそれを実践してもいます。

クラウゼヴィッツは『皇太子殿下への進講の補足として』(1812)において、戦闘の状況によって使い分けるべき原則を示しています。クラウゼヴィッツは、戦場に立つ人間は、恐怖や混乱のために冷静な判断が妨げられるものであるため、普段から精神を訓練しておく必要があり、そのための手段として戦いの原則を学ぶことは有益であると考えました。ここでの戦いの原則は現実を写し取ったものである必要はなく、戦況に応じて論理的に思考を組み立てることができる精神を訓練する手段でした。ただし、それに頼り切って現実の問題を解決しようとすることは推奨されません。戦いの原則をそのまま適用したとしても、必ず正しい解答を導き出せる保証はないためです。

クラウゼヴィッツは『戦争論』(1832)の中で防御が攻撃より強力な戦闘の方式であるとも論じていますが、これは明らかに個別具体的な戦闘状況でそのまま当てはまる主張ではありません。クラウゼヴィッツが意図していたのは、戦場で読者が部隊の指揮を執る際に、防御行動をとるように促すことではなく、防御部隊は攻撃前進する場合に比べて事前の準備や陣地の構築で戦闘力を強化できることを明らかにすることであり、それは攻撃行動では得られない優位であることを示そうとしています。防御それ自体は攻撃より強力ですが、戦場で積極的な戦果を得るためには防御に徹するだけでは不十分であるため、戦機を捉えて攻撃に移行することが求められます。

著者は、このようなクラウゼヴィッツの認識を踏まえ、戦いの原則が持つ価値は一概に否定されるべきものではないと主張しています。それはチェックリストのようなものではなく、思考のための道具であり、大きな解釈の余地を残しているものです。例えば、戦力の集中という原則は、戦力の経済的な使用を求める経済の原則は対立する関係にあり、どちらの原則を重視するかによって部隊がとるべき行動は変わってきます。戦いの原則をチェックリストのように使うのであれば、この二つの原則が要求する行動を同時にとることはできません。しかし、戦いの原則をあくまでも理念的なものであり、その相対的な重要性や、他の原則との関連性、そして実際の戦況への適用性がさまざまに変化しうるものであると想定すれば、それは思考過程の道具として使うことができます。

こうした利点があることを主張しつつも、著者は戦いの原則には修正すべき点があることも論じており、そこに政治と戦争の関連が考慮されていないことは大きな欠陥だと指摘しています。

「20世紀に戦争の領域で発生し、今も続いている抜本的な変化にもかかわらず、 戦いの原則は新しい要素で改良されていない。戦争と軍事的な領域の根本的な変化に直面し、戦いの原則を再構築することに軍隊が消極的であるために、戦いの原則は「戦争の原則」でなくなっており、単なる「戦闘の原則」、あるいはさらに悪化すると戦術次元の戦いの原則に追いやられている」(p. 13)

戦いの原則の価値を認め、それを修正するために努力するべきであり、具体的な戦いの原則の中に「政治」を含めることには十分な理由があると主張しています。また、冷戦期を通じて、バーナード・ブローディや、トマス・シェリングなど、数多くの研究者が戦略を分析してきたが、彼らの研究が指揮官の精神を訓練するという観点で必ずしも重要な貢献をしていないと論じています。そのために、戦略の理論は戦略の実践と乖離するようになっているとも述べられています。これは軍事学という学問のあり方を、より実践に近づけようとする問題提起として読むことができるでしょう。

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