ポスト冷戦時代に「テーラード抑止」を提唱したDeterrence in the Second Nuclear Age(1996)の紹介
ソ連の崩壊と共に冷戦構造が崩れると、国際システムの状況は冷戦期のそれとは大きく異なるものに変化しました。それぞれの地域大国が冷戦構造の制約を受けず、独自の判断で行動する傾向を強めたのです。ポスト冷戦時代に国際安全保障の課題として核拡散防止が注目されたのは、こうした状況で一部の「ならず者国家」が核兵器を開発、配備した場合、アメリカの核戦略は再考を余儀なくされることが認識されたためです。
キース・ペインは『第二の核時代における抑止(Deterrence in the Second Nuclear Age)』(1996)は冷戦期の抑止戦略の有効性を批判的に検討した上で、「ならず者国家」に対する抑止戦略はそれぞれの特性、特に意思決定の基準となる価値観を考慮したものであるべきだと主張しています。
ポスト冷戦の時代の安全保障環境で著者が懸念しているのは、核兵器を含む大量破壊兵器の保有が、政治的選択肢を制限しかねないことです。北朝鮮やイランのような「ならず者国家」が核開発を推進すれば、いずれアメリカは地域紛争に際して軍事行動をとれなくなる恐れがあると指摘されています。
国際社会で事実上の核兵器国が増加していくことの危険性については、核兵器不使用の原則を維持することが難しくなってしまうという観点からも論じています(Ibid.: 33)。通常兵器で軍事的な敗北の恐れに直面した場合、その国家の指導者は最悪の事態を回避するため、自国に存在する最も強力な兵器の使用に訴えるかもしれません。著者はそのような行動を自制する指導者ばかりではないはずだという前提で今後の核戦略を再検討すべきだと考えました。
このとき真っ先に思いつくのは冷戦期の核戦略の考え方を新たな脅威に適応することですが、著者はこうしたやり方に批判的です。確かに冷戦を通じて米ソ間の核戦争は一度も起きていませんが、そのことはアメリカの核戦略が有効であったという決定的な証拠にならないとしています。
例えば、米ソ双方が確実な報復攻撃を行う能力を持つことで、先制攻撃の誘因を排除し、戦略的安定を実現するという相互確証破壊(MAD)の考え方は、相手の行動は我々の行動によって制御ができるという理論的な想定に依拠しており、これが現実的であったという根拠がないことを強調しています(Ibid.: 77)。
そのため、今後のアメリカの戦略では、これまで以上に敵対国の特性、特に意思決定の基準とする選好や価値観を詳細に解明する情報活動が必要と考えられています。抑止の信頼性を高める方策として、著者が重視するのは「孫子の敵を知れという根源的な警告に回帰すること」であり、相手の性質、決意、政治的状況について探り、それらの特徴に適合するように設計された抑止、つまりテーラード抑止(tailored deterrence)が必要であると主張しています(Ibid.: 123)。
著者はさまざまな質問事項からなるチェックリストを挙げて、テーラード抑止を設計するための考慮事項を整理しています。例えば、抑止対象は誰なのか。彼らは重圧の下で合理的な意思決定を行う能力を持っているのか。実際に対外政策や軍事行動に対する統制が可能なのか。その意志や決意はどれだけ理解できているのか。意思決定の過程はどれほど詳細に明らかになっているのか。敵対する指導部にとって守るべき価値は抑止に利用できるのか。相手が我が方の抑止の信頼性をどのように評価しているのかを知れるのか。
こうした問いに答えることができるだけの情報を獲得しておけば、それに基づいて相手の行動を抑止する方法を具体的に導き出すことができます。著者は抑止戦略の基礎として情報活動の重要性を強調しており、情報の失敗が抑止の失敗に繋がることについて読者に注意を促しています。冷戦期の抑止論が、合理的選択論を前提にしていたのに対して、著者はそれぞれの対象集団の組織と行動の特性に応じた抑止戦略を導き出す上で情報活動の意義を強調しています。