兵站家が語る作戦の技術と科学『作戦の兵站』の紹介
軍隊が組織的な戦闘力を発揮できるのは、戦闘部隊の背後で後方支援部隊が絶えず活動しているためです。その活動の内容は管理、補給、輸送、整備、衛生など多岐にわたっており、作戦の成否に重大な影響を及ぼします。軍事学の研究では、これらの後方支援部隊の活動を兵站(logistics)と呼び、戦略や戦術に並ぶ重要な研究対象と位置付けています。
今回は、兵站の理論を概観した教科書として、アメリカ海軍大学院大学のMoshe Kress特別教授が執筆した『作戦の兵站(Operationa Logistics)』を紹介します。初版は2002年に出版されましたが、2016年に加筆修正の上で再版されました。
この著作の目的は、作戦の次元における兵站の特性を分析する方法を多角的に解説することです。歴史的な戦例を詳述する内容ではなく、また現代のアメリカ軍の兵站支援に関するドクトリンを解説したものでもありません。その代わりに数式とモデルが取り上げられています。著者は読者がオペレーションズ・リサーチの基礎を理解していることを前提として議論を進めているので、その点では難解だと言えます。
ただ、兵站を専門的に学びたい方には概説書としての価値があります。著者は手始めに兵站の概念をどのように定義することができるのかを広い視野で検討し、兵站学を大規模な作戦を遂行する手段と、それらが必要としている資源を研究の対象とする学問と説明します。
さらに兵站の方式に関しては、現地で部隊に調達させる方式、部隊が物資を運搬する方式、後方から部隊に輸送する方式の3種類に大きく分けて考えることができると整理しています。現代の軍隊であっても、現地で物資を調達する方式や、部隊が運搬に従事する方式を補完的に採用することはあるのですが、原則としては後方の基地から支援を受けながら作戦を遂行する3つ目の方式が最も重要な方式であり、これが兵站学の研究の焦点です。
著者は現代の軍事学の標準的な分析単位に従い、軍隊の行動を支援する兵站を戦略、作戦、戦術という3つの次元に分けて論じています。そして、それぞれの次元において兵站支援の要求が異なることを指摘しています。戦略行動を支援する場合、兵站では費用と効果の兼ね合いから最も経済的な方式を選択することが求められます。しかし、戦術行動を支援する兵站では、刻々と変化する戦況に柔軟に即応する必要があるため、経済性はあまり重視されません。
著者は戦略と戦術の中間に位置する作戦行動を支援する兵站は、状況によって要求される経済性がさまざまに変化する性質があると指摘し、研究が特に難しい領域であることを示しています。例えば、敵の遊撃部隊が味方の後方を攪乱し、その影響で一部の後方連絡線が一時的に使用できなくなったとしても、別の系統の後方連絡線を使用することで兵站システムの機能を維持できなければなりません。これは輸送能力や補給能力にある程度の余裕を持たせておかなければ不可能です。しかし、そのような柔軟性を追求し続ければ、いずれ支援能力が過剰となり、費用が限界を超えて膨張するため、兵站家はこれらの制約を考慮に入れた上で計画を立案しなければなりません。
兵站の具体的な問題を取り扱っているのは第4章以降であり、著者はどのように問題を分析し、どのようなモデルでそれらを解決できるのかを解説しています。すでに述べた通り、作戦要求と支援能力に一定の均衡を保つように注意を払わなければなりません。作戦上の要求が過大であることが失敗の原因となることは当然ですが、兵站支援の能力が過剰になることも経済性の観点から見て許されません。この検討のプロセスは作戦設計(operational design)と呼ばれています。
作戦設計において作戦要求と支援能力の均衡を探らなければならない場合、数理モデルの利用を検討すべきだと著者は主張しています。例えば、軍隊として確保できる衛生支援の能力に上限がある場合、作戦の人員損耗が最も激しい地域に対して優先的に支援能力を指向しなければなりません。どこで損耗が激しいかを予測するには、相対戦闘力から損耗交換比を計算する交戦理論を利用することが有効であると述べています。
また、作戦地域において戦闘部隊を支援するために交通路をどのように利用すべきかを計画する際にはネットワーク・モデルが有効です。著者はこのモデルの利用に関して特に力を入れて解説していますが、それは作戦次元の兵站支援に関連する問題の多く(例えば最短な経路の特定や輸送量の最大化の方法など)がネットワーク最適化の方法で解決できるためです。どの基地からどの経路を使って部隊を支援すればよいのかを考えるために、数理モデルは心強い道具となるのです。
本書を読めば、戦争で兵站家がどのような問題に直面しているのか、それらをどのように解決しているのかを知ることができるでしょう。ただ、専門的な内容であることは否めないので、一般の読者の方におすすめはできません。もし学術研究の一領域としての兵站学に興味を持っているならば、その場合に限って一読をおすすめしたいと思います。
見出し画像:U.S. Department of Defense
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