メモ クーデターを警戒する国家の指導者は、軍隊の能力を低下させる傾向にある
非民主的な政治体制の指導者は、合法的な手段で地位を追われることはあまりありませんが、その代わりに軍隊のクーデターのような非合法的な手段に警戒しなければなりません。特に軍隊の内部で危険な兆候を察知し、体制に危険が及ぶことがないように統制しなければなりません。これは指導者にとって骨の折れる仕事ですが、軍隊にとっても不都合が多い措置です。
クーデターを予防しようとする指導者は、軍隊のあらゆる業務に干渉します。兵士の採用、士官の昇任、部隊の行動の細部にも口を出し、自分に忠誠を誓う家族や盟友を軍隊の要職に配置しておきます。彼らは軍人としての能力は優れていませんが、指導者は彼らを通じて軍隊の内情を探り、影響力を行使できるようになります。このような管理が続けられることで、効果的に戦力を組織することも、運用することもできない軍隊が出来上がっていきます。このような軍隊で近代的な技術や装備を取り入れ、複雑な作戦や戦術を展開することは非常に困難となります。
Pollack(2002)は、中東の権威主義国の軍隊で関連する事例を数多く記載していますが、例えばシリア軍では士官から下士官に至るまで特定の宗教的なアイデンティティに基づく人事配置が徹底され、各部隊の指揮官に役職に見合った戦術能力がありませんでした。
1973年の第四次中東戦争では、ゴラン高原のイスラエル軍の陣地に対して攻撃を試みていますが、部隊の車両は命令された通りにしか動くことしかできず、戦闘間に頻繁に衝突した挙句に敵前で渋滞を起こし、各個に撃破されていくことで甚大な被害を出しました。同じような事例はリビア軍でもあり、クーデターを防止する観点から部隊で実弾を使用した訓練が長年にわたって禁止されていました。そのため、1978年から1987年まで続いたリビア・チャド紛争ではフランス軍の支援を受けたチャド人の武装組織を相手に敗北を重ねており、その効率性の低さを露呈しています。
こうした事例は、民主主義体制が軍事力の管理で優位性があることを示唆していますが、その因果メカニズムをどのように定式化すべきなのかをめぐって論争があります。クーデターを防止するために課された制約を研究者が客観的に捕捉することが難しいという事情もあります。例えば、イラン・イラク戦争が勃発した当初、イラク軍は劣悪な戦闘効率に悩まされましたが、短期間の改革で能力を改善した事例もあります。これは権威主義体制の下でもクーデターの防止策を緩和することで軍隊の能力を改善できる場合があることを示唆します。
PilsterとBöhmelt(2011)は、クーデター対策と軍事力の関係を国際的に比較することを試みた意欲的な研究ですが、そこでは1967年から1999年までの戦場における軍隊の業績に関するデータを使ってクーデター防止措置が軍隊の効率性に及ぼす影響が実際に確認できるのかを分析しています。著者らは、クーデターの防止措置の代表的な要素として、軍隊に変わる準軍隊の役割に注目しており、その相対的な勢力の大きさが増すにつれて、軍隊の効率性が低下していくことを示しました。ちなみに、著者らは比較政治学で政党制の分析に用いられる有効政党数の計算方法(ラクソ・タガペラ指標)を用いて、その勢力を定量的に評価しています。
Pilster, U., & Böhmelt, T. (2011). Coup-proofing and military effectiveness in interstate wars, 1967–99. Conflict Management and Peace Science, 28(4), 331-350. https://doi.org/10.1177/0738894211413062
安全保障を担う軍隊は効率的な組織であることが国民の公益にとって望ましいのですが、非民主的な体制における指導者は自己の政治的利益を最優先に考えて政策を選択できるため、軍隊の効率性をあえて低下させるような措置をとる指導者がいることは、大量破壊兵器を整備する国家が出現する理由の一部を説明するかもしれません。次の論文はその可能性を裏づける分析結果を提示しています。
Brown, C. S., Fariss, C. J., & McMahon, R. B. (2016). Recouping after coup-proofing: Compromised military effectiveness and strategic substitution. International Interactions, 42(1), 1-30. https://doi.org/10.1080/03050629.2015.1046598
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