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クラウゼヴィッツの軍事学に見出されるゲーム理論的な発想

ゲーム理論(game theory)は相互に影響を及ぼし合う状況にある意思決定者がそれぞれの自身の利益を最大化しようと行動するときに、どのような相互作用が生じるのかを解明することを目的とした理論です。学問の中での位置づけとしては数学の一分野といえますが、政治学、社会学、経済学など、あらゆる社会科学で用いられており、また軍事学とも密接な関係があります。

軍事学では交戦の際に指揮官の意思決定を最適化することに強い関心があり、1950年代にゲーム理論を取り入れる動きが出てきました。オリバー・ヘイウッド(Oliver Haywood)はアメリカ空軍のジャーナルで発表した論文「軍事意思決定と数理的ゲーム理論(Military decision and the mathematical theory of games)」(1950)をもとにして、「軍事意思決定とゲーム理論」(1954)を発表し、当時のアメリカ軍のドクトリンで受け入れられていた敵の能力を重視する意思決定のアプローチの妥当性に対して疑問を投げかけました。

簡単に述べると、ゲーム理論における分析の枠組みではゲームに参加する(1)プレイヤー、それぞれのプレイヤーが選択可能な(2)戦略、そして、それぞれのプレイヤーが選択した戦略の組み合わせから各々が受け取る(3)利得の3点を理解することが重要になります。2者のプレイヤーが別々に2通りの戦略を選択できると想定すると、両者間で起こり得る状況は2×2で4通りに区分できます。その4通りの中で自らの利得を最大にする状況にすることが必要ですが、このような場合に敵の能力それ自体を知ることはあまり重要ではありません。むしろ重要なのはその能力を使用してどのような戦略で自らの利益を実現しようとしているのか、その意図を理解することです。

ヘイウッドの分析は、戦闘のように敵と味方の利害が真っ向から対立している状況を想定していましたが、トーマス・シェリングが『紛争の戦略(The strategy of conflict)』(1963)などの業績でその想定を緩和し、核戦争を回避したいという点で共通の利益があるものの、武力による脅しによって相手から最大限の譲歩を引き出そうとする交渉状況を設定したことにより、抑止戦略や瀬戸際政策の問題で国家がどのような行動をとることが最適なのかを分析することができるようになりました。シェリングの分析では、このような交渉過程では、能力において劣弱であることが、むしろ優位性をもたらす可能性があることを指摘しており、ゲーム理論が直感に反する洞察をもたらすことを示しています。

ゲーム理論によって軍事学の研究が進展するにつれて、カール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』(1832)の読み方に新しい視点がもたらされました。数学者ジョン・フォン・ノイマンと経済学者オスカー・モルゲンシュテルンが『ゲームの理論と経済行動』を発表し、ゲーム理論の基礎を固めたのが1944年であるため、クラウゼヴィッツの著作はそれから112年も昔に出版されたことになります。しかし、クラウゼヴィッツの著作を現代の研究成果を踏まえて読み直すと、ゲーム理論的な発想が数多く盛り込まれていたことに気が付きます。いくつか例を挙げましょう。

クラウゼヴィッツが戦争を政治の延長として捉えていたことは知られていますが、同時に政治を内政の一切の利害関係を他国に対して主張する「代理人」として捉えていたことは、あまり知られていません。クラウゼヴィッツは戦争計画を研究する場合、政治が時として統治者の名誉心、個人的な利害関係、虚栄心のために誤った方向をとることがあることを理解しつつも、ひとまず政治を何かしらの「社会全体の一切の利害関係の代表者と見なしてよい」と論じています(邦訳『戦争論』下巻320頁)。この前提の上でクラウゼヴィッツは政治は知性であり、戦争は道具なのだと論じているのであって、その発想は複雑な現実を分析するためにゲーム理論家が行うモデリングの発想と同じものです。現代の研究者もゲーム理論を使って戦争を分析しますが、その際には国家が複数の個人で構成される集団であることを単純化し、単一のプレイヤーと見なして分析を行っています。

次に、クラウゼヴィッツがプレイヤーが選択する戦略をどのように分析していたのかを見てみましょう。先に述べたように、ゲーム理論ではプレイヤーが選択できる戦略がいくつあるのかを数え上げ、2者のプレイヤーが2通りの戦略をそれぞれ選べるなら、起こり得る状況は4通りであり、3通りの戦略を選べるなら、6通りの状況が起こり得るものと考えなければなりません。このように起こり得る状況の場合分けを行うことで、ゲーム理論家は将来に何が起こるのかを予測し、あるいは過去に起きたことが、どのような可能性を排除した結果として起きたことであるのかを説明し、現実に選択された戦略の是非を評価することが可能になります。クラウゼヴィッツも戦史の研究でこのゲーム理論的発想を用いるべきであると考えていました。クラウゼヴィッツは戦史を研究する場合、実際に何が起きたのかを考えるだけでは不十分であると述べており、何が起きなかったのかを考える「批判的分析」の重要性を説いています。

「批判的考察は、実際に使用された手段を検討するばかりでなく、実際には使用されなかったけれども使用が可能であったような手段をも検討せねばならない。(中略)実際に使用された手段がいけないと言うのなら、それよりもすぐれた別の手段を示さなければ無意味である」

(邦訳『戦争論』上巻215頁)

私たち戦史を研究するとき、知り得るのは過去に実際に起きたことだけです。しかし、その知識だけでは実際に行われた部隊の行動が妥当なものであったのかを評価することは不可能であるというのが、ここでのクラウゼヴィッツの見解です。当時の状況で何が可能だったのかを明らかにできない場合、一見すると成功を収めたように見える行動であったとしても、そのときに切り捨てた選択肢の中でよりよい結果が得られるものがあった可能性を見落とすかもしれません。また、致命的な失敗であったと考えられるような行動であっても、それがより大きな失敗を回避した結果である可能性も見過ごされる恐れがあります。無論、このような批判的分析が誰にでもできる簡単なことではないともクラウゼヴィッツは認めています。

最後に利得についてクラウゼヴィッツがどのように考えていたのかを紹介してみましょう。クラウゼヴィッツは、戦争を研究するときに、極めて極端な選好を持っている交戦者を想定するところから始めています。「戦争は一種の強力行為であり、その旨とするところは相手に我が方の意志を強要するにある」(邦訳、上巻29頁)、その強力行為には「限界が存在しない」と述べています(同上、32頁)。そのため、交戦者は敵を完全に無防備な状態にしようとしますが、「戦争は常に二個の生ける力の衝突」であり、「絶対的受動のようなものは戦争とは言えない」ので、敵も自らを完全に武装解除しようとします(同上、33頁)。それは明らかに望ましい状態ではないため、戦争は自分がどこまでもエスカレートしていくことが予想されています。

クラウゼヴィッツがここで想定しているのは、自分が利得を最大にできる状況になれば、必然的に相手の利得が最小になってしまうというような状態です。このような形式で利得が設定されたゲームの類型を非協力ゲームと呼びます。私たちが知っている野球、サッカー、将棋、囲碁などの利得配置も、すべてこの非協力ゲームに分類することができるものであり、プレイヤー間の利害対立に基づいて設計されたスポーツやボードゲームです。直観的に考えれば、戦争を非協力ゲームと見なすような利得の設定は自然に思えますが、クラウゼヴィッツは現実の世界では先に述べた「強力行為」がまったく徹底されない戦争が数多く起きていることに注意を払っています。もちろん、戦争状態であるため協力ゲームとして利得を設定することはできませんが、完全な非協力ゲームではありません。このような考え方が妥当な理由は、戦争における交戦者の利得が「民衆の性格」に由来するところが大きいためであるとクラウゼヴィッツは説明しました。断

「もし両交戦国家に属する国民がいずれも戦争に対して冷淡であり、また両国間の緊張が微弱であるばかりでなく、それぞれの国家の国内事情の緊張もますます弛緩するにつれて、軍事的行動を規定する尺度としての政治的目的がますます支配的、決定的なものになり、実際にはこの目的が殆ど単独で決定するような場合も生じるのである」

(同上、44頁)

つまり、交戦国の民衆が敵国に対する戦争の遂行に対して熱心になっているのであれば、戦争は熾烈になり、敵を完全に武装解除するまで続けようとすると考えられます。しかし、戦争状態が始まったからと言って、必ずしも交戦国の民衆が必ずそれを積極的に支持する場合ばかりではありません。そのような場合、戦争を遂行する交戦国も相手を軍事的に打ち負かすことに対して大きな利得を認めないかもしれないのです。クラウゼヴィッツは、このような社会的支持の弱さのために、軍事的活動の激しさが低下し、抑制的な戦い方をとることに利益を見出すような戦争もあると考えています。つまり、シェリングが指摘したように、クラウゼヴィッツも戦争状態で交戦国間の利害が必ず全面的に対立するとは限らないと考えたのです。

クラウゼヴィッツがゲーム理論家ではなかったものの、ゲーム理論的発想の持ち主であったことは、ゲーム理論が軍事学において持つ重要性を示していると私は考えています。ゲーム理論の強みである意思決定の最適化は、軍事学の研究者の興味関心とよく合致しており、特にオペレーションズ・リサーチの分野では欠かすことができない知見となっています。クラウゼヴィッツのゲーム理論的発想に関しては、Müller(2014)でより詳細に議論されているので興味がある方はそちらも確認してみるとよいでしょう。

参考文献

クラウゼヴィッツ『戦争論』篠田英雄訳、岩波書店、1968年
Müller, D. H. (2014). Is Game Theory Compatible With Clausewitz's Strategic Thinking?. ENDC Proceedings, Vol. 19, pp. 11-25.
Haywood Jr, O. G. (1950). Military decision and the mathematical theory of games. Air University Quarterly Review, 4, 17-30.
Haywood Jr, O. G. (1954). Military decision and game theory. Journal of the Operations Research Society of America, 2(4), 365-385. https://doi.org/10.1287/opre.2.4.365

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武内和人|戦争から人と社会を考える
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