見出し画像

メモ クラスター弾などの無誘導爆弾だけで戦局を一変できるわけではない

クラスター弾とは、複数の子弾を内蔵し、それを目標に向けて散布できるように設計された砲弾、ロケット弾、爆弾などの総称です。対人、対戦車、対舟艇、対都市など、さまざまな種類が開発されており、それぞれ効果が異なりますが、多数の不発子弾が地面に残されることから、戦後も市民が無差別に犠牲になる事例が出ており、これが人道上の問題であるという見方が強まっていました(クラスター爆弾禁止条約(2008年採択、2010年発効)では使用、製造、取引が規制されています)。

大きな威力を持つことが知られているクラスター弾ですが、それだけで戦況を一変させることができるというわけではありません。陣地や障害に依拠する防御部隊を排除する上で、無誘導爆弾が単独で目覚ましい戦果を上げたことはなく、他の武器体系と連携して運用することが戦術的に重要です。エドワード・ルトワックは湾岸戦争におけるエアパワーの効果を議論した際に、クラスター弾を含めた無誘導爆弾の限界を指摘したことがあるので、その議論を紹介してみようと思います。

1991年に湾岸戦争でアメリカ軍が中心となって遂行した航空作戦では、イラク軍に対して大規模な爆撃が実施されています。このときに使用された非誘導爆弾はルトワックの計算によれば合計17万7999発で、この数値には非クラスター弾も含まれています。具体的には、6万4698発のMk.82、1万125発のMk.83、1万1179発のMk.84、3万4808発のMk.117などが含まれています。クラスター弾の分類に限定すると、2万27735発が使用されたMk.20が最も多く、これは1ポンドの子弾を247発ばらまくクラスター弾であり、対装甲用途で設計されたものです。CBU-78は215発、CBU-89は1107発にとどまっています。CBU-58、CBU-87はより多く、それぞれ1万7029発、1万815発が使用されました。以上からMk.20をはじめとするクラスター弾の総計は5万6901発で、作戦に使用した全弾量のうちの3分の1程度がクラスター弾で占められていた計算になります(邦訳『エドワード・ルトワックの戦略論』410-11頁)。これは誘導爆弾の総計である9,368発を大きく上回っています。

実戦において個別の武器が敵に与えた損害をデータ化することは難しいので、クラスター弾の効果だけを分析することは難しいのですが、ルトワックは当時、クウェートを占領したイラク軍の師団4個が繰り返し無誘導爆弾で爆撃されたことに着目し、その損害の程度に関する情報から無誘導爆弾の効果を全般的に評価しようとしています。爆撃された4個の師団のうちの1個は1万1400名のうち戦死者が100名、負傷者が300名で、損耗率は3.5%、別の師団は5000名のうち戦死者が300名、負傷者が500名で、損耗率は16%、さらに別の師団は8000名のうち戦死者が100名、負傷者が150名、損耗率は3.1%、最後の師団は7980名のうち死者100名、負傷者230名、損耗率は4.1%とされています(同上、298-9頁)。ちなみに、この議論で使われている数値の根拠に関してルトワックはAirpower in Desert Storm: Iraq's POWs Speakという資料を提示していますが、その内容を直接的に確認することはできませんでした。

ただ、イラク軍の4個師団に与えた損害を戦死者で600名、負傷者で1180名、合計1780名と計算するならば、弾量に対する損害の比率を計算することができます。戦域全体の1発当たりの撃破確率は1%にすぎません。ルトワックは、イラク軍の損害の程度を考えると、敵部隊に対する爆撃がそのイメージに反して、必ずしも効率的ではなく、エアパワーの運用として問題が多いという見方をとっています。

このような主張に対して、心理的な効果はまた別であるという反論があり得ることもルトワックは想定しました。この見解には根拠がなかったわけではなく、ルトワック自身が先に挙げた第一の師団では5000名、第二の師団では1000名、第三の師団では4000名、第四の師団では2500名が投降しており、捕虜となったイラク軍の兵士が爆撃に晒されたことに恐怖を覚えたと証言していました(同上、300頁)。

ルトワックは、こうした見解があることを示しつつ、無誘導爆弾が正確さに欠けるとしても、それが兵士にとって恐怖の的であることを否定していませんが、それが戦況を変えるほどの効果があるのかどうかについては批判的な見方をとっています。そもそもクウェートを占領するイラク軍の後方支援には大きな脆弱性があり、イラク本土とクウェートを結ぶ道路は容易に破壊される状態にあったと指摘しています。さらに、クウェートに配備されたイラク軍の部隊のために事前集積された水、糧食、弾薬の備蓄は6か月分あったものの、爆撃で80%が失れたという証言があることを示し、兵站支援の劣化が士気に及ぼした影響の方がより重要ではないかと述べています(同上、304頁)。

兵站支援の劣化が士気の低下に繋がった可能性は、捕虜になったイラク軍の兵士の証言からも裏付けることができます。まず、イラク軍の兵士は1日1食しか食事を与えられておらず、給水車が爆撃で破壊されたために、部隊の給水支援が滞っていました。結果的に不衛生な水を飲んだ兵士が病気になる事例が相次ぎました(同上、300頁)。ルトワックは、1991年1月に爆撃が開始された際に休暇が取り消しになった兵士が出ていたことにも触れており、彼らは2月になって休暇の取得が認められましたが、多くが帰隊しなかったと述べています(301頁)。このような事象の影響も考慮に入れると、湾岸戦争における無誘導爆弾の効果は非常に曖昧なものです。

ルトワックは、無誘導爆弾が効果的に使用される場面があるとすれば、それは陸上戦力の戦闘遂行を支援する近接航空支援だろうと考えています。このような航空作戦では爆撃の効果に速効性が欠かせないためです。

「戦略爆撃、補給阻止攻撃、独立的直接攻撃の戦果は蓄積されるが、即効性はまったくないため、領土を防衛するには時間がない可能性もある。十分な戦略的縦深があれば、敵の攻勢の勢いを封じ込めるために、正面からの航空攻撃に頼る余地はあろう。しかし、そうでなければ地上で抵抗しなければならず、それに伴い近接航空支援も必要となる。このため航空作戦には一定の非誘導爆撃(「地域」爆撃ですらも)が含まれ、小規模になるが高度に特化した付随的行動として近接航空支援が加わることもあろう」

(同上、307頁)

ルトワックの議論では、エアパワーの運用として、誘導技術の成果を駆使した精密爆撃の効果を高く評価しており、無誘導爆弾、クラスター弾を効果的に使える場面は限定的であると主張しています。しかし、引用した通り、空地一体の統合運用における近接航空支援では、まだその有用性が完全になくなったわけではないとも認めています。例えば、クラスター弾を使用して敵部隊を広範に制圧し、その射撃や機動を妨害している間に、機動部隊が地上で前進することができるのであれば、陸上作戦を推進する効果を発揮することが期待されるでしょう。

見出し画像: Air Force Senior Airman Noah Coger

参考文献

Luttwak, E. (2002). Strategy: The Logic of War and Peace, Harvard University Press.(邦訳、武田康裕、塚本勝也訳『エドワード・ルトワックの戦略論』毎日新聞社、2014年)

関連記事


いいなと思ったら応援しよう!

武内和人|戦争から人と社会を考える
調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。