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なぜ軍隊は調達戦略を策定し、防衛産業基盤を管理すべきなのか?

ガンスラー(Jacques Gansler)は防衛経済学の研究者であり、彼の最初の著作である『防衛産業(The Defense Industry)』(1980)は、制度論的アプローチでアメリカ軍の調達戦略の課題を検討した研究です。ガンスラーの基本的な考え方は、アメリカとして長期的な調達計画を策定し、防衛事業から撤退する企業の動きに歯止めをかけ、調達の安定化を図るべきというものです。そうしなければ、防衛産業基盤は空洞化し、戦時に調達を急増させなければならなくなっても、供給が追い付かなくなると予想されています。

ベトナム戦争でひどく消耗し、1975年に部隊を撤退させたアメリカでは、国防総省の予算が大幅に削られました。その結果、1970年代に防衛産業基盤を下支えしていた多数の下請業者が廃業し、供給網にボトルネックが生じたことがあります。著者は1980年の著作で、このような問題を指摘し、アメリカ軍の調達行政における「これらの行動の累積的な影響や、それらの相互作用はほとんど考慮されない」と場当たり的な対応に終始したことを批判しました(p. 72)。実際、1970年代の終わりにアメリカ軍が再び調達を増やした後も、いったん廃業した事業者は戻ってきませんでした。

著者は、1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻の影響で、アメリカ軍が戦力の拡張を図っていた時期に、「レーガンの計画に防衛産業は対応できるのか(Can the Defense Industry Respond to the Reagan Initiatives?)」(1982)と題する論文も出しています。その中では防衛産業が企業にとって利益を見込めない産業になっていることが指摘されており、「低い収益、少量で1年限りの受注、需要の周期性、特別な軍事的要求、市場の不確実性、過度な規制、政府関連の事務作業などは、防衛事業が下請企業にとって民間の事業に比べて、まったく魅力的ではないと見なす理由の一部である」とも論じられています(Gansler 1982: 104-5)。

防衛事業に参入する企業がめったに現れず、競争が乏しいために、レーガン政権の下で国防予算が増額されても既存の企業は設備投資を増やす誘因を持ちません。結果として、アメリカ軍は装備品の価格上昇に悩まされるようになり、調達を増やすことが決まっても、納品までに長い時間待たされる場合が増えています(Ibid.: 105)。企業が設備投資を回避することは、防衛産業の生産性向上を阻む大きな要因の一部であり、著者はその深刻さを強調しています。当時、既存の生産設備のほとんどは20年前のもので、老朽化したままになっており、その非効率さを補うために多数の労働者が投入されている状況にあると著者は述べています(Ibid.)。

著者は、アメリカ軍の調達戦略の見直しが必要であり、複数年契約を活用すべきだと強く主張しています。これは「アメリカは、現代世界で唯一、議会に承認された複数年度化された国防予算を持っていない国家である」ためであり、装備調達の長期的な需要の見通しが立たなければ、企業は設備投資を計画できなくなるためです(Ibid.: 110)。また、政府は議会で予算を通過させるため、国防予算を可能な限り小さく見積もろうとする傾向があることも問題として提起されており、著者はこの慣行も是正しなければならないと主張していました。不適切に見積られた予算は、後になって予算超過を招き、まったく別の事業の予算を削減することや、あるいは事業が中止に追い込まれることに繋がるためです(Ibid.)。現実的な水準の国防予算を編成できなければ、防衛事業の安定性を図ることは困難とされています。

また、これまでの調達行政では、ある製品の調達を開始すると、特定の一社からのみ調達し続けるという慣行もありましたが、著者は二社から調達する方式に改めることで、調達当局が企業に対して交渉力を持てるように図ることも提案しています。一社としか取引していない場合、調達当局は調達先に代替性がないため、企業との価格交渉において相手の要求を受け入れざるを得なくなりますが、調達先に代替性を持たせることによって、価格交渉において交渉力を持つことができるようになります(Ibid.: 110-1)。

こうした競争環境を整備することで、企業に設備投資の誘因を与えることができれば、それは生産性の向上に寄与するとも考えられます。この際に、研究開発の方向性を新しい独創的アイディアの創出に誘導することも重要です。著者は、防衛産業の世界では、費用をかけて武器体系の性能を向上させるという考え方が根強く、新しい技術でいかに費用を軽減することができるのかを模索することが少ないと指摘しています(Ibid.: 115)。

ガンスラーの議論は、アメリカの状況を念頭に置いたものですが、特定の国家に限らず、防衛産業基盤の空洞化を食い止める方法を考える上で多くの示唆を与えてくれる研究ではないかと思います。どれほど高性能な装備品を部隊に配備し、適切な整備能力を確保していたとしても、サプライヤーが交換部品を供給できなくなれば、その装備品の稼働を保持することはできなくなり、戦闘力の低下に繋がります。長期的な調達戦略を策定し、防衛産業基盤の生産活動に持続性と拡張性を持たせることは、国家の安全保障上の重要な課題として認識されるべきでしょう。

見出し画像:Coast Guard Seaman Perry Shirzad

参考文献

Gansler, Jacques S. (1980). The Defense Industry. Cambridge, Mass.: MIT Press.
Gansler, Jacques S. (1982). Can the Defense Industry Respond to the Reagan Initiatives? International Security, Vol. 6, No. 4, pp. 102-121. https://doi.org/10.2307/2538680

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