見出し画像

作戦線の方向と構成から戦況を判断するジョミニの分析方法

現代の軍事学研究者の立場から眺めれば、19世紀の軍人アントワーヌ・アンリ・ジョミニの戦略理論は戦時、戦域に軍隊の作戦を計画し、指導する軍事戦略に特化しているため、政治的な観点が貧弱であり、非軍事的手段を考慮していないという限界を抱えてはいます。

しかし、これが軍事戦略・作戦の研究だと割り切って読めば、非常に有意義な視点が得られます。なぜなら、ジョミニは近代戦における軍事戦略の成否が兵站支援によって大いに左右されることを正しく見抜き、作戦線分析の手法を確立した研究者と言えるためです。

この記事では、ジョミニが作戦線がどのように説明されているのかを紹介してみようと思います。

作戦線とは何か、なぜ重要か

ジョミニは戦争を遂行する技術、すなわち戦争術を研究するためには、6つの研究領域を区分すべきだと考え、その一つである兵站を独立した研究領域としていました。戦略の研究でも作戦部隊の移動、配備、戦闘を考える際にも、この兵站を無視することができないと考えていました。

ジョミニの説によれば、戦争計画を作成するためには、自国、敵国、同盟国、中立国などの国境の状況を考慮し、作戦部隊の根拠地、つまり作戦基地を選定しなければなりません。

戦争目的に応じて攻略、奪取すべき目標を明確化することや、保持すべき防衛線を設定することも戦略的に重要ですが、そもそも作戦部隊の背後に作戦基地が設定できることが大前提となります。作戦基地から人員、武器、弾薬、糧食などの支援を受け取れなくなれば、作戦部隊は戦闘力を発揮することは不可能となります

ジョミニは作戦基地と作戦部隊を結ぶ線を作戦線と呼び、これを安全に保つことができるかどうかが戦局の鍵を握ると論じていました。

「最高司令官は企図達成のために第一の目標点を定め、この目標点に至る作戦線を選定する。この作戦線は臨時的あるいは決定的な場合があるが、最高司令官にとってそのいずれを問わず、最も有利な方向を得る作戦線でなければならない。すなわち、最も有利な方向とは大きな危険にさらすことなく大きな成功を得ることができる方向である」(邦訳、20頁)

部隊の後方にある作戦線がひとたび敵部隊によって一挙に遮断されたならば、前線に配備した部隊がどれほど大規模な兵力を擁してしても、兵站支援が途絶するため、戦わずして戦闘力を失ってしまうでしょう。それほど作戦線の重要性は大きいものなのです。

いかに作戦線を分析すればよいのか

ジョミニは作戦の巧拙を判断する基準として、戦争が遂行される戦域のどこに作戦基地があり、そこから作戦部隊へと延びる作戦線がどれほど安全であるかに注目すべきだと考えていました。ただし、作戦基地から作戦部隊に至るあらゆる交通路を作戦線と勘違いしないように注意を促してもいます。つまり、兵站のために利用できる道路すべてが厳密に作戦線に対応しているわけではなく、例えば10kmほどの小さな間隔で平行している経路は実質的に一つの作戦線と見なさなければなりません。

ジョミニのより厳密な定義に従うならば、作戦線は「一軍の中央および両翼の各々が一及至二日の行程の範囲内に行動可能な十分な空間を有する場合だけにふさわしい」のであって、「軍が数条の道路を通過するにせよ、一条の経路を通過するにせよ、軍が企図を達成すべき戦いの全域の一大区域を示すのに用いられる用語」であるためです(同上、62-3頁)。もし一軍が二条の経路で軍が作戦線を確保していたとしても、敵の分遣隊がそれらの経路をほとんど同時に遮断できるのであれば、それは実質的に一条の道路で作戦線を失った場合と同じ結果をもたらします。

作戦線の方向や構成の適否を判断するときは内線作戦線と、外線作戦線の二つのパターンを区別する必要があるとジョミニは論じており、これは現代の軍隊でも広く受け入れられている議論となっています。内線作戦線は、味方が敵にぐるりと取り囲まれた態勢にあるとき、それぞれの部隊が作戦基地に向かって内方に構成する作戦線であり、図上で眺めると作戦線が一点に向かって収束していくような構成となります。外線作戦線は、反対に味方が敵を取り囲む態勢にあるとき、それぞれの部隊が外方に構成する作戦線であり、多点に向かって拡散していくような構成となります。

作戦という観点から見ると、内線作戦線と外線作戦線にはそれぞれに利点あります。内線作戦線は敵に対して味方の方がわずかな時間で部隊を特定の前線から別の前線に移動させることができ、作戦基地に集積された物資や人員を効率的に配分するので、戦闘力を集中発揮しやすいと言えます。しかし、外線作戦線を構成する場合は、離れた位置に複数の作戦基地が必要となるため、部隊の集中運用にとって不利だと言えますが、それぞれの部隊の作戦機動に相互関連を持たせることができれば、一正面で獲得した戦果の効果を他の正面に波及させることが可能です

ジョミニは外線作戦線が兵力で優越した軍が攻勢作戦を遂行することに適しており、内線作戦線は兵力で劣った軍が防勢に回るときに適していると考えていました。一般に作戦では主動の地位にある方が優位に立てると考えられていることもあり、ジョミニはどちらかと言えば外線作戦線をとった方が有利であるという立場をとりました(同上、86頁)。機動的な運用に適した外線作戦線をとっておいた方が味方の作戦線を安全に保ち、敵の作戦線を遮断しやすいためです。つまり、作戦構想が攻勢であるか、防勢であるかによって、まったく同じ構成の作戦線であっても、それが軍事的に有利であるか、不利であるかの判断は変化するということです

まとめ

・作戦線は作戦基地と作戦部隊を結ぶ交通路で構成されており、それが敵によって脅かされていないことによって兵站支援が可能となるので、その構成や方向の適否は戦況の判断にとって重要な意味を持つ。
・作戦線は内線作戦線と外線作戦線に区別される。内線作戦線は数方向から求心的に向かって行動する敵に対して、我が部隊が内方に保持する作戦線である。外線作戦線は、一方向から分散的に向かって行動する敵に対して、我が部隊が外方に保持する作戦線である。
・ジョミニは主動の地位を獲得する攻勢を志向することを前提に考えた場合、外線作戦線の方が有利だと考えていたが、これは我が部隊を機動展開し、敵の部隊を複数の方向から攻撃することで、その戦果を連鎖的に拡張することができるためである。
・ただし、戦闘力の集中発揮という観点から見れば内線作戦線にも利点があるため、作戦線の優劣に関しては彼我の部隊が攻勢をとるのか、防勢をとるのかを考慮しなければ判断を下すことができない。

参考文献

今村伸哉『ジョミニの戦略理論:『戦争術概論』新訳と解説』芙蓉書房出版、2017年

関連記事


調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。